「民放キー局全社で違法残業まん延 労基法違反、是正勧告5年で9回」、共同通信が報じた、主要テレビ局が軒並み是正勧告を受けていたことを伝える記事の見出しだ。恐らく、働き方改革関連法案が可決されたからだろうが、個人的には、何故今更このタイミングでわざわざこのような記事が書かれたのかが不思議だ。ただ、タイミングだがどうであれ、内容に大きな間違いはないだろう。労働基準法の理念に反して長時間労働を、企業側が労働者に対して強いているのならば、是正勧告を受けて当然だし、大企業ならばそれが報じられるのもごく一般的なことだろう。
この記事にだけ注目するとテレビ業界だけが是正勧告を受けているように感じられるかもしれないが、大手新聞社も結構是正勧告を受けているし、直近だけで調べても、JR西日本、スズキ、ヤマト運輸も是正勧告を受けている。勿論それを報じる側のテレビ局だから、一般企業以上に指摘を受けるべき立場であることも理解できるが、それを逆手にとって「テレビ局は自分たちのことを棚にあげて働き方改革法案を断じるな」という、誰のかは分からないが、思惑があるようにも見えてしまう。
この件はツイッターでトレンドワード入りをしていて、タイムラインを見ていると案の定「マスコミは自分たちの事を棚にあげて、働き方改革法案について偏向報道をしている」というような、とても短絡的なツイートが散見される。決してそんな見解ばかりでなく、「こんな状況だから高プロ導入なんて以ての外なのに」という旨のツイートも少なくないので、記事の「テレビ局が勧告を受けた」という表現を恣意的に解釈している人達ばかりではないのだろう。
しかし、「マスコミは自分たちの事を棚にあげている」と指摘する人はいても、「厚労省、もしくはマスコミという大きな括りに匹敵するような行政機関・または中央省庁は、自分たちの事を棚にあげて是正勧告している」という指摘は、自分が見ている限りでは全く見かけない。マスコミ業界の長時間労働はこの記事が出る以前から誰もが知る公然の事実だったが、それと同様に、官僚の長時間労働も誰もが知る公然の事実だ。「マスコミは自分たちを棚にあげて、偏向報道している」という見解が正であるならば、「役所は自分たちを棚にあげて、是正勧告を出している」という見解も正であることになりそうだ。
そんな不毛な指摘に果たして意義があるだろうか。確かにマスコミが他の企業が是正勧告されることを報じたり、官僚の長時間労働を報じるなら、人のふり見て何とやら、自分の襟も正すべきだろうし、役所が是正勧告をだすのなら、同様に彼らも自分たちの襟も正すべきだ。しかし「自分の襟を正すまで一切他者のことを報道するな、若しくは是正勧告など出すな」なんて言っていたら、長時間労働の問題は寧ろ悪化するだろう。誰かが報道・是正勧告しなければ問題は注目されない。注目されなければ改善されることもないだろう。
この記事から再確認しなければならないのは、テレビ業界だけでなく、中央省庁にも大企業にも、勿論その下に無数ある中小零細企業にも、未だに長時間労働の問題は根強く残っているということだ。この記事を読んでテレビ業界、マスコミ業界だけを批判するようでは視野が狭すぎる。勿論、他の企業が是正勧告を受けたという記事についてもそれは同じことだ。
確かに財務次官のセクハラ問題に対して、セクハラを受けた記者が相談したのにテレビ朝日の上司は有耶無耶にしようとするなど、テレビ局、マスコミの中には長時間労働以外の問題も存在する。しかし完全に清廉潔白な組織でなければ一切報道・批判・主張が許されないということになれば、一般市民は情報を得る手段をかなり制限されることになるし、また、多くの一般市民も完全に清廉潔白ではないだろうから、一般市民も声を上げることができなくなってしまう。
勿論、冒頭の記事を読んでもテレビ局を批判してはいけないなんてことは全くない。ただ、批判の仕方を間違えてはならないことだけは確かだ。