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バランス感覚に欠ける報道と、それに乗っかる人々


 昨日の夕方、ツイッターのおすすめトレンドに「枝野」があった(おすすめトレンドは個人の状況によって表示が異なる為、誰にでもこれが表示されていたわけではない)。「何かあったのかな?」と思って覗いてみると、
 立憲民主党の枝野幸男代表は9日の文化放送のラジオ番組で、辻元清美国対委員長の関連政治団体が韓国籍の男性弁護士から献金を受けていた問題で、同氏が辞任する必要はないとの認識を示した。「外国籍の方は駄目だと伝えていたのに、勝手に振り込まれた。すぐに返しているので何の問題もない」と述べた。産経新聞
事への、 ネガティブな反応がズラーっと並んでいた。例えば、
のような。


 枝野氏の「防ぎようがない。外国籍の方が黙って献金し、2年後くらいに外国人だといえば、全ての政治家を陥れることができる」という見解はもっともと思え、新田さんのような短絡的な反応は馬鹿げていると思う。因みに以前は、自分がほぼ毎朝見ているMXテレビの朝のニュース番組・モーニングCROSSに、彼はよくコメンテーターとして出演していたが、最近見かけなくなったと思っていた。前述のツイートをきっかけに彼のアカウントを見てみたところ、なぜモーニングCROSSに呼ばれなくなったのかがよく分かった。2/7の投稿「「メディアが報じない○○」がメディアで報じられない理由」でも書いたように、危なっかしくて取り上げられないような、短絡的、若しくは過激、若しくはその両方に該当するようなツイートがいくつもあった。

 枝野氏や立憲民主党、そして辻元氏本人の今回の件についての受け止め・対応は、概ね妥当と思えるものの、彼女の立場を勘案すれば、少なくとも昨年の自民・片山氏のグダグダな不適切な政治献金への対応を反面教師にして、自分達の身のまわりも総点検しておくべき、そしてその際に不備が見つかったのであれば、額の多少に関わらずメディアに報じられる前に自ら公表するべきだったのではないか?とも感じられた。
 ただ、国会議員もそんなに時間的な余裕があるわけでもないだろうし、秘書についても同様だ。全ての献金者の国籍を追いきれるかと言えば、完全に全てを確認する術などないようにも思う。例えば秘書に確認をさせて、追いきれなかった部分を秘書の所為にすることも出来るだろうが、それでは前述の自民の議員と団栗の背比べになってしまうだろう。

 この辻元氏への外国人からの献金の件を最初に報じたのは夕刊フジなのだそうだが、この件前後の夕刊フジの記事を見てみるととても興味深いことがある。夕刊フジの2/8の記事「「辻元、辞めろコール」殺到に立民“完全スルー”! 「寄付した側のミス」投稿を拡散」も、タイトルからも分かるように辻元氏にとても批判的な内容だ。記事は、
辻元氏も立憲民主党も「他人に厳しく、自分には大甘」のようだ。
と締め括られている。
 一方で、同じく2/8に毎日新聞は「「元秘書が個人でやったこと」片山さつき地方創生相 文春報道で自身の関与否定」、
 元公設秘書が日本政策金融公庫に口利きをして報酬を求めたとの疑惑を報じた7日発売の週刊文春の記事について「元秘書が個人としてやったことで(私は)関わっていない」と述べ、自身や事務所の関与を否定した。
という記事を掲載しているが、夕刊フジがこの件に関する記事をサイトに掲載した形跡はない。以下はこの投稿を書いた時点で、夕刊フジのWebサイト・zakzakで「片山さつき」で検索した結果だ。片山氏の不正献金に関する記事はヒットしない。


同じく「辻元清美」でも検索してみた。


これを見ると、
 夕刊フジは「辻元氏に厳しく、片山氏には大甘」のようだ。若しくは「野党に厳しく、与党・自民には大甘」のようだ。  
と言わざるを得ない。確かに、1つのメディアが全てのニュースを何一つ漏らさず網羅することが出来る筈もなく、取り上げるニュースと取り上げられないニュースがあるのは当然だし、取り上げる事案が各メディアによってそれぞれ異なるのは何も不自然なことではない。しかし、外国人からの献金かどうか確認が困難な状況で受けた、約2万円分の献金の不備を甘んじて認めた事案と、数百万以上の献金に関する複数の不備を頑なに秘書の所為にし続けて、報告書の訂正、訂正の訂正まで繰り返す事案とを比べた際に、どちらの方が深刻度が高いか、重視して報じるべきかは誰の目にも明らかだろう。夕刊フジにはそんなごく普通の感覚が欠けているように思える。

 夕刊フジに限らず、不正な献金と甘んじて認めた立憲・辻元氏には「辞めろ」と言うのに、全て秘書の所為にして報告書の訂正を繰り返す片山氏には何も言わない人たちの感覚はどうなってるんだろうか。まともなバランス感覚を持ち合わせているとは到底思えない。

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