「ホームセンターの従業員が男の子に手作り歩行器をプレゼント。それでも「素敵じゃない」と語る理由は…」 BuzzFeed Japanが6/8に掲載した記事の見出しだ。緊張で歩くことに困難を抱えていた2歳児の家族が、小児歩行器に保険が適用されるか分からず、自作しようとホームセンターを訪れたところ、店のマネージャーがそれを聞きつけ、従業員とともに小児歩行器を作ってプレゼントしたという話を紹介している。
この部分だけを見れば非常に心温まる話のようにも思えるが、記事ではこの件に関する現地の報道に対して寄せられたSNS投稿の一部を紹介している。
- 世界でもっとも金持ちの国では、障害のある子どもはチャリティーに頼らなけれなばならない。利益を求める保険会社は、歩行器のためにお金は払わないでしょ?この話は"素敵"じゃない
- 心が温まるような話ではない。アメリカの医療制度の欠陥を示している
5/20、アトランタの大学卒業式で大富豪の投資家が「卒業する約400人全員の学費ローンを全額肩代わりする」と発表して大きな話題になった。BBCの記事「米富豪、約400人の学費ローンを全額肩代わり 大学卒業式で宣言」では少なくとも11億円と伝えているが、毎日新聞は「学生ローン全額肩代わり 約44億円 黒人富豪」と伝えている。どちらの金額が事実に近かろうが、どちらにせよ当該学生にとってこの人物がまるで神か何かのように見えたことだろう。これは日本でも複数のメディアによって報じられたが、軒並み美談として報じられた。しかし自分は、この件を念頭に5/27に以下のツイートをした。
このツイートはMXテレビ・モーニングクロスを見てツイートしたものだ。同番組でもやはり、この件のポジティブな側面を強調して取り上げていたように記憶している。奨学金肩代わり美談みたいに取り上げるけど、行政による支援の機能不全を、個人の善意という不安定なもので補ったという側面もある。単なる美談と受け止めるべきでない。#クロス— Tulsa Birbhum (@74120_731241) 2019年5月26日
日本でも、アメリカほどではないにせよ、奨学金という名の学費ローン支払いに苦しむ学生、卒業生の話がこの10年ほど大きな話題になっている。問題視され始めたのはこの約10年程、つまりリーマンショック以降のように思うが、問題としてはバブル崩壊以降慢性的に存在してきた話ではないだろうか。大学進学率の増加や、相変わらず学歴信仰の強い社会の傾向、バブル崩壊以降慢性的な賃金の伸び悩みにもかかわらず値上げ傾向にある学費等、様々な要因が問題の背景にはある。
5/11の投稿「「大学無償化法」という嘘をつくメディア各社」で書いた通り、先月やっと大学等における修学の支援に関する法律案が成立した。そこでも指摘したように、大学無償化など全くのウソ・羊頭狗肉と言っても過言ではない内容の法案で、学費が無償になる条件、支援が受けられる条件もかなり厳しく制限が設けられている。端的に言って到底充分な支援が設けられたとは言えない状況で、多くの学生が支援を受けられず、これまで同様学費ローンが重くのしかかる状況は変わらない。つまり制度として不十分と言わざるを得ない。
日本でも一部の企業が学費の肩代わりを行うことで優秀な学生を確保しようとする、等の動きが見られるが、個人や私企業の善意によって、運の良い者だけが恩恵を受けられるような状況は素晴らしい状況とは言えないことは確かだ。「善意」の部分だけ見れば素晴らしいと思えるかもしれないが、なぜそんな「善意」が必要なのか、善意を施す余地があるのかに注目すれば、それは不十分な制度下であるからに他ならない。また運が悪い者はその恩恵を受けられないことにも注目しなくてはならない。
BuzzFeed Japanは同じく6/8に「外務省の問題点をTwitterで指摘したら、河野大臣から反応が…? ある女性に起きた「驚き」のできごと」という記事も掲載している。ある女性がパスポートの「旧姓併記」に関する外務省の対応の不足を指摘したツイートしたところ、河野外務大臣がそれについて「対応を指示しました」とコメント付きリツイートしたことを紹介している。この河野氏の対応を報じているメディアは他にあまりないが、SNSでの反応を見ていると、河野氏の「対応を指示しました」という反応に対しては、肯定的な反応が多く見られる。
自分も、この河野氏の反応は、この件だけを見れば肯定的に捉えられる。しかし、絶賛できるかと言えばそうでもない。記事の最後は、当該女性の
今回の出来事をきっかけに、『選択的夫婦別姓』に関する声が広がってくれれば良いと思っています。興味を持つ人が少しでも増えてほしいんですというコメントで締めくくられている。3/26の投稿「女性活躍を推進しているはずなのに、女性が働きやすくなる制度に消極的な国、という矛盾」でも書いた通り、現政権は選択的夫婦別姓を認める制度づくりに積極的とは言えない。というか寧ろ消極的であるようにすら見える。そんなことを勘案すれば、河野氏には外務省に対応を指示するだけでなく、選択的夫婦別姓を認める制度の提案を積極的にすべきとも言えそうだ。つまり、河野氏の対応は、絶賛するには決して充分とは言えない、と自分には思える。
更に言えば、たった一人のツイートで「対応を指示する」のに、何故、昨年9月の県知事選でも反対派の候補が容認派の候補に大差をつけて当選し、そして2月に行われた普天間基地の辺野古移設の是非を問う県民投票でも、県民の半数が投票し、投票者の70%強・およそ43万人が辺野古移設反対の意思を示したにもかかわらず、それは無視できるのだろうか。河野氏は外務大臣なので、厳密に言えば当該案件の担当ではないだろうが、沖縄の基地問題は米軍と関連する問題であり、全くの門外漢とも言えない。
沖縄県民43万の意思表示を無視する者が、たった一人の女性が示した意思表示に即座に対応しただけで、しかもその対応も果たして十分な対応かどうかも定かでないのに、それを絶賛するというのは、厳しく言えばお人好し過ぎるのではないか。
冒頭で紹介した小児歩行器の話にせよ、学費ローン肩代わりの話にせよ、河野氏が見せた迅速な対応にせよ、全く褒められない話ではなく、確実に肯定的に受け止めるべき部分はある。しかし視点を変えて考えると、 手放しでは褒め称えられないと思える部分が見えてくる。
昨今何かにつけて0か100かで考えようとする極端な人が増えているように思う。しかし多くの出来事は白黒ハッキリさせられないことの方が多い。どんなことでも多面的に捉えるのは大事なことで、それを怠ると思わぬ落とし穴に嵌ることになりかねない。