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テレビCM


 以前に比べて通販系健康関連食品のテレビコマーシャルが多くなった。独立系局やCS局を中心にキー局でも深夜帯には放送されている。中には怪しい雰囲気が漂っているものもある。しかしコマーシャルが増えているということは、確実に商売として成り立っているということで、買う人がいるんだなぁ…と複雑な感覚に陥る。


 健康食品が増えた背景には、現在最も使えるお金を持っている団塊世代が高齢者になったということがあるだろう。若い世代は人口比率が下がり、加えてネットに時間を割くようになっており、その影響でテレビ視聴者の年齢層が徐々に高くなっているのは、子供向け番組がどんどん減っていることからも明らかだ。それでコマーシャルも高齢者向けが増え、彼らの興味を惹く健康食品などのコマーシャルが増えるのもある程度は自然なことだ。

 2015年に機能性表示食品が新設されたことも健康食品のコマーシャルがしやすくなった理由の一つだろう。しかし機能性表示食品とそうでないものの違いがコマーシャルからはわかりづらい。機能性表示食品という枠組みを作り、怪しいものとそうでないものを差別化をするつもりだったのかもしれないが、現状は差別化どころか怪しい商品が機能性表示食品の制度に便乗している感すらあり、過剰な宣伝行為を国や行政機関が容認したようにも見えてしまう。そうでないと主張するならば、行き過ぎた錯誤を生むような宣伝行為には対策をするべきだ。大体どのコマーシャルも利用者の声的な演出をしているが、いくつかのコマーシャルに出演しているエキストラがいることから、あくまで演出であることがわかる。通販マニアのような人がいくつもの商品を買ってたまたま複数のコマーシャルに出ていると捉えることもできるが、そう考えるのは少し不自然だ。それらのどのコマーシャルにも「個人の感想です」「効果を保証するものではありません」などの注意書きが見られる。街頭インタビューしている体で「個人の感想です」はまだわかるが、一応”学者”的な肩書がある人物に商品の説明をさせても「個人の感想」である。個人の感想程度の意見を”学者的”な肩書で仰々しく説明し、錯誤させようとしているようにも見える。他にも例えば「若さの秘訣は○○(商品名)!」などと言いながら「効果は保証できません」と注意書きするなど、ツッコミどころ満載だ。効果がないなら秘訣でもなんでもない。

 健康食品に限った話ではないが、「この放送後30分は○○!(安くなる、おまけが付くなど)」という煽り方も怪しさを加速させる。そこにも「インターネットなどで同様のサービスをしている場合があります」などと注意書きがあることがあり、放送後30分過ぎても同様のサービスが受けられることを示唆している。ギリギリ騙していると言えるか否かのラインで、特別感・限定感を煽って購入させようというやり口が、80年代以降徐々に増えた老人向けの集団販売詐欺と似ていると思ってしまう。あまり耳なじみのない通販専業の新興企業だけかと思うと、中にはそれなりの大手企業もあったりするから驚く。

 怪しい広告は近年に限った話ではなく、部数の少ない雑誌では昔から多く見られたし、メジャーな少年誌などでも後ろのほうのページでは多からず見かけることがあった。ネット広告でも黎明期から今日に至るまでずっと存在している。テレビはそれらのメディアに比べて単価が高かったこともあり、その手の広告は10年前くらいまではほとんど見られなかったように思う。テレビのメディアとしての価値が相対的に下がっているのがコマーシャルからもわかる。

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