2020東京五輪招致、そしてそれが予定通りに開催されなかったことが、見事に劇中の設定と同じであることで知られる、大友 克洋のマンガ/アニメ映画・AKIRA。3巻の巻末にある次巻の予告ページでは、劇中で発行されている体裁の新聞がコラージュされていて、その中に「WHO、伝染病対策を非難」という見出しがあり、コロナ危機をも言い当てていた?という話も話題になったことは記憶に新しい。
漫画「AKIRA」が新型コロナを予言!?ネット民が震える怖い噂の種明かし | 情報戦の裏側 | ダイヤモンド・オンライン
しかしトップ画像に用いた画像からも分かるように、この投稿で注目するのはこれとは別の点である。昨日は東日本大震災/福島原発事故発生から10回めの3.11だった。この10年の原発事故のその後のことを振り返って、思いだしたのが次のシーンだった。
AKIRAで描かれているのは、1982年12月(映画版では公開に合わせた1988年7月)に、関東地方で新型爆弾が炸裂して東京が崩壊、これが引き金となり起こった第三次世界大戦からの、再建の途上にある2019年だ。東京湾を埋め立ててつくられた街・ネオ東京が東京の代わりを担っており、旧市街・かつての東京は放置されたままで、その再開発のきっかけとして2020東京オリンピックが開催されるという設定で、爆心地にオリンピックスタジアムが建設されている。
タイトルのAKIRAとは超人的な能力をもつ少年の名で、政府が密かに研究していた能力者のうちの1人なのだが、彼が1982年に覚醒し能力を暴走させ、表面上は新型爆弾によるものとされる東京崩壊を引き起こした。東京崩壊の後、彼はあらゆる技術で調査実験を受け、解剖された彼の体(劇中では集めたデータと共に実験サンプルと呼ばれている)は、爆心地・つまり後のオリンピックスタジアムの地下施設で極秘に冷凍保存され、軍によって厳重に管理されていた。
このシーンは、軍を率いる"大佐"が、物語の序盤で地下施設を訪れるシーンである。1990年代に10代になった自分は、アニメ版は辛うじてリアルタイム世代、マンガ版は5巻以降までは非リアルタイム世代だ。近未来的な作品が好きだったので、AKIRAもアニメ版を見て取りつかれてしまい、その後も何度も見返した。
最初は単なるエンターテインメント作品としてしか見ていなかったが、中学生になって現代史を学び、作品の背景には1970年頃までの学生運動や安保闘争などがあることを知った。戦後復興の為のオリンピックという設定も、1964年の東京オリンピックになぞらえたものであることを知ったのも、同じく中学生以降、1990年代に同作品を見返してのことだった。
自分にとってのAKIRAはまずアニメ版ありきだったので、AKIRAは1988年の作品という認識だった。AKIRAが冷凍保存されている地下施設を大佐が訪れるシーンのセリフは、
見てみろ、この慌てぶりを。恐いのだ。恐くてたまらずに覆い隠したのだ。 恥も尊厳も忘れ、築き上げてきた文明も、科学もかなぐり捨てて、自ら開けた恐怖の穴を、慌てて塞いだのだ。
で、1990年代の10代の自分は、このシーンは1986年に発生したチェルノブイリ原発事故と、そこから放射能が拡散することを防ぐ為に、事故原発に覆いかぶせるように建設された、所謂石棺をモチーフにしている、と解釈していた(チェルノブイリ原子力発電所事故#石棺の建設 - Wikipedia)。
その後はあまりその辺のことを深く考えてこなかったが、昨日原発事故後10年からこのシーンを思いだし、あらためてよく考えてみると、このシーンはチェルノブイリ原発事故や石棺をモチーフにしたものではないことに気付いた。
アニメ版でこのシーンが描かれたのは、公開された1988年、つまりチェルノブイリ原発事故の2年後なのだが、マンガ版では、このシーンは1984年発売の第1巻にある(AKIRA_(漫画)#書誌情報 - Wikipedia)。
ヤングマガジンでAKIRAの連載が始まったのは1982年12月であり、恐らくこのシーンが最初に公になったのは1983年頃だろう。このシーンが描かれたのは、チェルノブイリ原発事故発生よりも前であることは明らかで、同原発事故や事故処理をモチーフにしているということはあり得ない。
但し、AKIRAの東京崩壊の原因は表向きは新型爆弾ということになっており、被害の規模から言っても新型核兵器を連想させる。本当の原因はAKIRAが持つ未知の能力の暴走だが、チェルノブイリ原発事故以前にも原子力発電所や研究所等における事故は国内外で複数件起きていて(原子力事故 - Wikipedia)、人間が原子力を上手く制御できるのか、手なずけられるのかは、既にチェルノブイリ原発事故以前から疑問が呈されていたのだから、このシーンの「AKIRAは人間の手に負えないもの」という描写は、大友が意図したかどうかは定かでないが、核・原子力の脅威を強く連想させる。
福島原発事故の処理方法でも、当初から所謂石棺方式が検討されてきた。廃炉は全く予定通りに進まず、原子炉内に溶け落ちている、元は核燃料だった放射性物質のゴミ・デブリの除去は、10年経った今もまだ目途は立っていないし作業も始まっていない状況で、概ね否定されてはいるものの、近年でも度々石棺方式が取り沙汰される(なぜ今、唐突に 「石棺化」言及 導入の布石か | 東日本大震災 | 福島民報)。
つまり、一応燃料デブリの除去を廃炉の目標にして処理が進められているわけだが、福島原発事故処理は石棺方式にしなかったのではなく、地元の反対などもあって、石棺方式にできなかっただけでしかない。デブリは原子炉内にあった核燃料が自ら発する熱で溶け、炉内の構造物と混ざり合った状態とされているものの、1-3号機内部におよそ880トンが存在すると推計されている程度で、まだまだ詳細すら分かっていないのが現状だ。
デブリと処理水、先見えず 新たな懸念材料も―福島第1原発・東日本大震災10年:時事ドットコム
2021年の今もそんな状況にあり、近年政府やメディアが処理水と矮小化する呼称をし始めた、事故原発に流入し放射性物質を含んでしまった、つまり汚染された地下水も増え続けている状況なのに、「事故原発はアンダーコントロール」と、2013年の東京オリンピック招致演説で言い放ったアベという首相がいたことは、本当に犯罪的だ(2019年8/21の投稿)。
先月、2021年の2月にこんな報道もなされた。
最後の核燃料6体を容器に収納 福島第一原発3号機プールからの核燃料取り出し終了へ:東京新聞 TOKYO Web
この記事には、核燃料プールからの燃料取り出しは廃炉作業の本丸ではない、というニュアンスが全く感じられない。記事内容に決して嘘や偽りはないが、このような書き方では、あたかも廃炉作業が順調に進んでいるかのような印象を感じる人もいると懸念する。つまり嘘や偽りはなくても記事として、報道として全くフェアじゃない。
東電の廃炉に向けたロードマップのページも酷い。
廃炉に向けたロードマップ - 廃炉プロジェクト|プロジェクト概要|東京電力ホールディングス株式会社
このイメージは、既に廃炉作業の3/4を終えている、という印象を醸そうという意図に溢れていると言わざるを得ない。前半のおよそ3/4は10年であるのに対して、残りの1/4で40年かそれ以上の期間を示している。こんな詐欺的なイメージをよくも掲載できるものだ、という感しかない。
つまり、政府も東電も、そして癒着著しいメディアの一部も、事故原発の処理・廃炉が順調でないと世間に知れることが恐いのだ。恐くてたまらずに覆い隠したいのだ。 恥も尊厳も忘れ、築き上げてきた文明も、科学もかなぐり捨てて、自ら開けた恐怖の穴を、慌てて塞ぎたいのだ。だから「アンダーコントロール」という嘘を公然と世界に向けて発信したり、あの手この手で、しかし明確な嘘にはならないように、あたかも事故原発の処理・廃炉が順調かのように演出するのだ。
共産党の一党独裁であったソ連では、チェルノブイリ原発事故の真実が隠蔽され、周辺住民は強制的に移住させられ、事態の鎮静化が図られた。日本は一応民主主義の国であり、流石にそこまで露骨で強行な隠蔽工作は行われなかったが、この10年を見れば、隠蔽の強引さ、急激さに違いはあれど、結局は日本でも同じ様なことが行われている。
それは、暴力や暴言などに及ぶ闇金か、従来の闇金よりも柔軟で優しい接客・取立てで顧客を囲う所謂ソフト闇金か、ぐらいの差でしかない。寧ろ後者の方が、騙しの手口としては質が悪い。
真実が知れるのは都合が悪いと、政府や与党が、バレることが恐くてたまらずに覆い隠したいのは、原発事故に関してだけではない。自衛隊の日報問題、財務省内での公文書改竄・関与した職員の自殺など森友学園の問題、加計学園の問題、桜を見る会問題、そして今懸案になっている総務省を中心とした利害関係にある企業との癒着や汚職、更には新型コロナウイルス対応に関する数々の不備・利益供与、予算の中抜き。どれに関しても、政府と与党と中央省庁が、そして癒着著しいメディアの一部が、バレることを恐れて覆い隠そうとしている。
そんなことを加味して考えると、大友があのシーンで描いていたのは、都合の悪いことを覆い隠そうとする政治や政府かもしれない。「恥も尊厳も忘れ、築き上げてきた文明も、科学もかなぐり捨てて、自ら開けた恐怖の穴を、慌てて塞いだ」という表現には、そんなニュアンスを強く感じる。