NHKが東京・立川市で起きた集団食中毒に関するニュースを「食中毒原因、「刻みのり」委託業者が素手で作業」という見出しで報じていた。まるで食品を素手で扱うこと自体が悪いことであるかのように見えてしまうこの見出しは、個人的にかなり問題があると感じる。記事を読めば、販売元と委託業者の間で衛生管理の手段として手袋を付けて作業する取り決めだったにも関わらず、委託業者が素手でのりを扱い衛生管理を怠ったというニュースだと分かるのだが、Webサイトやデータ放送など文字でこのニュースを見る人の中には見出ししか読まない人も多いだろうし、映像でこのニュースに触れたとしても見出しの持つインパクトは大きく、読み上げられる記事よりも強く印象に残るので、このニュースの見出しは「食中毒原因、「刻みのり」委託業者が衛生管理怠る」等にすべきだったと思う。「委託業者が素手で作業」と「委託業者が衛生管理怠る」では印象が結構変わる。実際BuzzFeed Newsでは「素手で作業」にクローズアップせずこの件を報じている。NHK以外にも同じ論調の見出しや、内容で伝えているメディアもあるが、実質的な国営放送であるNHKはメディアとして強い権威を持っていることを自覚し、もう少しその影響力を考慮して伝え方を考えてほしい。
この食中毒に関して、問題だったのは衛生管理が徹底されていなかったことで、素手でのりを扱ったことではないはずだ。素手でなく手袋をしていても、トングで扱っていても、ロボットアームが作業していたとしても、衛生管理が徹底されておらず、この件の食中毒の原因になったノロウイルスなどが手袋、トング、ロボットアームに付着していたら同じことが起こったはずだ。もしそうだった場合、手袋で作業するなとか、トングを使うなとか、ロボットアームは危険だから使うなという話になるだろうか。そんな馬鹿げた話にはならないだろう。衛生管理を徹底しなくてはならないとなるはずだ。食品を素手で扱うことは回転しないすし店の殆どで行われていることだし、他の飲食店でもよくあることでおかしいことでもなんでもない。大体素手で食品を扱うことが衛生的でないなら、極端に言えば、手袋をせずに子供の食事を用意する親は全て虐待の恐れがあるということになってしまいそうだ。しかし実際は手洗いや消毒など衛生管理を徹底していれば素手で食品を扱うこと自体になんら問題はない。このNHKのニュースが直接的に素手で食品を扱うこと全般を否定している訳ではないのも事実だが、おそらくこのような見出しで記事を書いた記者の意識の中には、多からず素手で食品を扱うことに対する嫌悪があるのだと思う。以前にも似たような記事を書いたが、このような行き過ぎた清潔感のような感覚が、他人と共生する社会に与える悪影響も少し考えてもらいたい。
飲食業界に少しでも関わりがあるなら分かることだが、どんな飲食店の厨房にもゴキブリ、ねずみなどが今まで1匹も出たことがないなんてことはあり得ない。食べ物がある以上必ずどこからか侵入する。もちろん衛生的な飲食店は日常の掃除や定期的な消毒などで、それらが原因になる食中毒が起きないように出来る限りの対策をするし、実際に食中毒を出したりしない。「ボウフラが沸かない水は危ないから飲むな」と祖父がよく言っていた。ボウフラとは蚊の幼虫で、実際はボウフラが沸いていたら煮沸しないでその水を飲む訳にはいかないのだが、ボウフラが沸いていない一見綺麗に見える水はボウフラが死んでしまうような何か、例えば毒のようなものが溶けているかもしれないからそちらの方が危険だという話だ。もちろんこの言葉を額面通りそのまま真に受けることはできないが、ある意味では良い例え話だとも思う。少しニュアンスが違うかもしれないが、昨今の過剰なまでに清潔を求める風潮は、菌やウイルスなどから隔離され過ぎて、かえって抵抗力が落ちてしまう恐れがあるなど、清潔を求めすぎることの副作用ともいえる影響があるかもしれないことも考えた方がいいかもしれない。抗生物質が発達した現在、それに対応した抗生物質の効かない耐性菌が生まれているという話もある。もちろん食品の衛生管理を徹底することが大事であることは大前提だが、行き過ぎた潔癖症のような感覚で、ある意味歪んだ清潔感を追求していけば、それはかなり息苦しい社会になってしまう恐れがある。