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ストーカー規制法の適用に関して


 朝日新聞が6/26に「HKT48の18歳メンバーへのストーカー容疑で男を逮捕 「家の近くを通れば会えるかも」」という記事を伝えた。記事によると、HKT48のメンバーの自宅周辺をうろつくなどした男性を、ストーカー規制法違反の疑いで逮捕したという事だ。男性は5/29から6/22ごろにかけて当該メンバーの自宅付近を乗用車で複数回、低速走行するなどのストーカー行為をした疑いがあると報じている。記事では当該メンバーの家族が、容疑者がごみを持ち去るのを目撃したことにも触れており、自宅周辺をうろついたことだけがこの件の逮捕理由ではないことを暗に推測させるものの、この記事の文面に示されている逮捕理由からは、もしかしたら通勤などで毎日通る道沿いの家の誰かが、自分のことを「不審者が毎日うろついていて怖い」などと警察に通報すれば、逮捕される恐れがあるのかもしれないと不安になる。


 不信感を持った人の家が、自宅の近所だとか勤務先の近所ならば、警察もこちらの「あらぬ疑いだ」という言い分を聞き入れてくれるかもしれないが、その場所が自宅と職場の中間程度で、例えば最短経路ではなく、景色が好きだとか運動の為などの理由で遠回りの道を選んでいたとしたら、警察はこちらの言い分を疑うかもしれないと想像してしまう。自分はストーカー規制法にあまり詳しくない。だからもしかしたら自分が懸念するようなことは起きないように基準が明確に定められているのかもしれない。しかし朝日新聞の記事は”家のそばにいっただけで逮捕”というようなイメージが強く、果たして前述のようにストーカー規制法に欠陥があるのか、朝日新聞の記者が正しく伝えていないだけなのか、若しくは記者は警察発表の受け売りをしている(それはそれで記者にも大きな問題がありそうだが)だけで、警察が正確な発表をしていないのかは分からないが、この記事に関しては何らかの問題があると個人的に感じる。

 ストーカー規制法が社会情勢に合わせて制定されたこと、それが苦しんでいた被害者の救済に向けた大きな一歩だったということに異論はない。ストーカー犯罪を抑止するのに一役買っていることも大いに理解できる。そしてこの記事の件の逮捕が不適切だという懸念もそれほど強くはない。しかし、小・中学生が好きな子に告白できずモヤモヤしながら、その子の家の前まで何回か行ってしまう行為と、この容疑者の行為との明確な差が自分にはよく分からない。確かに知らない誰かが自宅周辺を頻繁にうろついていたら、不安だとか怖いだとか感じる気持ちも良く分かる。例えば、敷地内に無断で進入しただとか、個人情報などを得る為にごみを持ち去っただとか、何度も注意を受けていたにも拘らず執拗にうろつくことをやめなかったなどなら、犯罪に問われるのも分かるが”自宅周辺をうろついた”ということでの逮捕は流石に適切なのか心配になる。

 記事によれば、この件では容疑者も容疑を認めているらしい。昨今の警察の不祥事を考慮すると、強引な自白を迫り事実と異なる自白を強要している恐れも全く無いわけではないが、恐らく容疑者が対象の自宅周辺をうろつく以外にも不適切な行動をしていたから逮捕されたということなのだろう。だとしても、自宅周辺をうろついた以外にどのような不適切な行動があったのかがもう少し明らかにされないと、ストーカー規制法は誰かの家のそばを頻繁に通行しただけで逮捕できるような法律というイメージが強調されすぎる。もし本当にそのような法律ならばストーカー事件とは別の意味で大問題だと思うし、そうでないのならこの記事は誤った認識を広める恐れが強いと言えるだろう。この記事を書いた記者、もしくは記事の基になった発表を行った警察はもっと適切な情報を読者・市民に提供する必要があると感じる。

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