酒気帯び運転で起訴された香川県のある町の職員の公判に、町長や副町長・教育長など自治体の要職にある者を筆頭に町の職員の1/4に相当する約120人が、地裁に寛大な判決を求める嘆願書を提出した、と読売新聞が報じている。起訴されている男性職員は酒気帯びの状態で同僚らを乗せて運転し、物損事故を起こして現行犯逮捕されたそうだ。どうやら町の職員らが嘆願書を出している背景には、執行猶予を含め禁固刑以上が確定すると失職するという地方公務員法の規定があるようだ。要するに酒気帯び運転で事故を起こした同僚が職を失わないように、禁固刑以下の判決を出して欲しいということなのだろう。この件について町長は「罪を憎んで人を憎まず。町民も理解してくれるはずだ」と述べたそうだ。
ハッキリ言ってこんな嘆願書を出されて、裁判官は公平な判断が出来るだろうか。このようなケースに対して出される判決の相場がどの程度のものなのかについて、自分は全く詳しくないが、人身事故にはなっていないようだし、初犯であれば罰金刑が妥当なのだろうとおおよそで想像する。だが、もしこの件について実際には禁固刑以下の判決が妥当だったとしても、この嘆願書が出されたことによって裁判官が忖度したという疑惑が生まれかねないし、裁判官によっては忖度したと思われたくないと考え、妥当な程度より重い判決を出す恐れだって想像できる。そう考えると彼らが嘆願書を出すことは自由の範囲で認めるべきかもしれないが、その行為自体に前述のような懸念がある為、適切とは言えない行為とも考えられる。
そしてそれよりも不味いのは町長が「罪を憎んで人を憎まず」などと、身内とも考えられる自治体職員を擁護している点だ、こんな擁護が自治体職員にだけ行われるのだとしたら大きな問題だし、そうではなくこの町長は誰にでもこのような擁護をするということなら、この町では少なくとも交通違反については、誰も罰せられることはなくなるのではないだろうか。勿論個人的には警察官が隠れて待ち伏せして行うような取締りは適切だと思えないし、隠れて待ち伏せするくらいならあからさまに見えるように立って「ここは事故が起きやすい、又は違反しやすい場所だ」という事を示すなどの方法で啓蒙活動を行うほうが正しい交通安全の目指し方だと考える。所謂軽微な違反については今以上に「罪を憎んで人を憎まず」の精神で厳重注意に留めるべきだと思う。しかしこの件で問題になっているのは酒気帯び運転で、しかも事故を起こすという比較的重大な事案だ。これについて「罪を憎んで人を憎まず」と言うなら、死亡事故以外は同じように、もっと拡大解釈すれば、交通違反に限らず刑事事件の多くについても同じようなことになってしまいそうだ。「罪を憎んで人を憎まず」という考え方が間違いだとは言わないが、この件でそれを持ち出すのは適切ではないし、ましてや自治体の長が、町の職員をかばう為に用いるような考え方としては全く適さない。
飲酒運転に対する感覚はここ20年くらいで大きく変わり、多数の犠牲者を出した事故などを背景に厳罰化が大きく進んだ。個人的には飲酒運転の厳罰化に異論はないが、飲酒運転となる基準を厳しくしたことについてはやや規制が強化されすぎとも感じている。しかし被害者や遺族の感情が大きくクローズアップされているという状況もあり、そのような意思表示をし難い現実がある。少し話しが逸れたが、公共交通機関が充実した都市部とそうではない地域では、飲酒運転に対する感覚の差はまだまだあると思う。自動車に頼らなくても容易に移動が出来る地域では、飲酒運転=意図的な暴行・殺人、若しくはその未遂くらいの感覚が支配的になっているように思えるが、移動が困難な地域では、移動が困難は言い過ぎでも、代行やタクシーを呼んでも時間が掛かる、時間帯によっては呼ぶことすら困難などの不便な地域では、酒気帯び程度(敢えて程度と表現)での運転は止むを得ないという認識がまだまだあるのかもしれない。確かに交通量も都市部に比べれば極端に少ないだろうし、万が一事故を起こしても読売新聞が報じた件のように他人を巻き込む恐れも低いのは事実だろう。しかしそれでも他人を巻き込む恐れはどうやってもゼロにはならないし、例え移動を自動車に頼らざるを得ない状況があるのだとしても、町長ら自治体の首脳陣は飲酒運転を軽く考えていると思われかねない言動を行うべきではない。むしろ彼らは率先して、交通事情の改善も含めて飲酒運転が減らせるような状況を整えるべき立場の人たちだ。
前述したように都市部とそれ以外の地域など、地域によって様々な感覚の差があることは事実だし、場合によっては都市部の感覚の方が適切とは言えないことも多々ある。しかし流石にこの件に限ってはこの町の職員達の感覚は、身内に対する感覚という意味でも、飲酒運転に対する感覚という意味でも甘いと言わざるを得ない。流石にこの件だけで、こんな考え方の町長を始め自治体職員は直ちに辞職すべきだなんて極端なことは思わないが、この件をきっかけにその考え方を見直す必要性は大いにあると思う。