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臨時国会冒頭解散表明の不可解さ


 9/25の夕方、予告していた通り安倍首相が28日に召集する臨時国会の冒頭で衆院を解散することを正式に表明する会見を行った。首相はこの解散について自ら”国難突破解散”と名づけたようだが、解散に踏み切る主たる理由は今後税率の引き上げが予定されている消費税の増収分の使途変更について国民に判断を仰ぐ為としていたし、それを国難突破なんて表現することには言葉選びのセンスのなさしか感じられず、自分は全くピンとこなかった。ピンとこないどころか、意味の理解し難い話を並べて国民を煙に巻こうとしているようにも見えた。彼の会見での主張には違和感を感じる点が複数あった。ハフポストによる会見の文字起こしに沿って、それについて指摘してみる。

 
 まず最初に彼はこれまでの経済政策の成果をアピールした。
 
アベノミクス3本の矢を放つことで、日本経済停滞を打破し、マイナスからプラス成長へと大きく転換することができました。

確かに彼が掲げた経済政策は一定の効果を上げ、マイナス成長からは脱却したが、自分には決して大きな転換とは思えない。何故ならマイナス成長から脱却した恩恵が一部にしか及んでいないからだ。こう言えば彼は「道半ば」などと言うかもしれないが、彼の政策が始められてからどれだけ時間が経っているだろうか。しかも目標に掲げた2%の物価上昇率は何度も達成時期を延期しているような状況で、今のままで本当に実現できるかはかなり怪しくなってきている。
 次に彼は有効求人倍率についても言及した。

この春大学を卒業した皆さんの就職率は過去最高です。この2年間で正規雇用は79万人増え、正社員の有効求人倍率は調査開始以来始めて1倍を超えました。

少子高齢化が進み、学生の人数は減っているし、団塊世代が引退時期を迎えていることで、労働者人口も減っている。それに触れずに求人倍率の上昇について全て自身の手柄のように語るのは如何なものか。バブル期越えなんて報道も目にするが、年齢別人口分布もバブル期とは異なる状況なのだから単純比較できる数字ではない。また労働者の過酷な労働環境は一向に改善される気配もない。正社員であっても薄給で長時間働かされるという事案はしばしば報道されるし、報道されない部分を考えれば正社員採用が増えたと手放しでは喜べない。正社員とか求人倍率上昇という言葉をあまりにも都合よく解釈する様子には欺瞞を感じてしまう。重要なのは正社員か非正規かなどではなく、適切な労働環境が実現されているかどうかだ。

 次に彼は自ら「人づくり革命」と銘打った教育に関する政策について触れていた。まずこの人づくり革命というネーミング自体が胡散臭いがそれは無視する。1つ目に高等教育の無償化を目指すとした。それについても賛否はあるようだが、それについて個人的には概ね異論はない。ただ2つ目に掲げた幼児教育の無償化については別だ。
 
幼児教育の無償化も一気に進みます。2020年度までに3歳から5歳まで、全ての子供たちの幼稚園や保育園の費用を無償化します。0歳から2歳児も所得の低い世帯では全面的に無償化します。

現在でもまだまだ保育園に入園を希望しているのに入れない待機児童の解消が出来ていない。要するに現在求められているのは費用の問題ではなく、物理的に保育施設が足りていない問題の解消だ。一応前述の発言の後に、

待機児童解消を目指す安倍内閣の決意は揺らぎません。本年6月に策定した子育て安心プランを前倒しし、2020年度までに32万人の受け皿整備を進めます。

としているものの、現政権は16年度末までに達成するとしていた待機児童解消目標を達成できず、政策の目標達成時期を延期している。個人的には現在も本当に適切な見通しが出来ているのかに疑問を感じている。悪く言えば、甘い言葉を並べただけで、また目標達成できずに延期するのだろうとしか思えない。

 そして前述のような社会福祉政策を実現する為に、消費税を10%に増税する分の増収分を充てる、これまでその大半を財政健全化に振り向けるとしていた方針を変えることを、国民に承認してもらう為に選挙が必要で、衆院を解散する決意に至ったという説明を続けた。
 これまで少しも議論すらしてこなかった消費税関連の話を急にとって付けたように解散の口実にされても、違和感しかない。幼児教育の無償化などに反対するわけではないが、この話が唐突に示されたタイミングを考えれば、選挙を前提に考え出した甘い話でしかないように思える。要するに、選挙を行う為に消費増税の使途変更を訴える必要があり、その為にこんな話を急にとって付けたようにしか思えない。言い換えれば、実現性云々なんてのはよく考えられていないのではないかと考える。
 彼が掲げた政策が絶対的に間違っているとは言わないが、それについて国民が判断するには、臨時国会でそれについて議論が行われるべきなのではないだろうか。要するに解散するにしても臨時国会冒頭での解散なんてことにどれだけメリットがあるのか理解し難い。国民からすればある程度の議論を見た上で投票先を決める方が、より適切な判断が可能であることは間違いない。そう考えると彼や自民党に有利なタイミングだからという以外に、このタイミングでの解散の理由が見当たらない。それでは国民の為の選挙ではなく、現政権や自民党の為に行われる選挙ということになるのではないだろうか。
 
 更には北朝鮮情勢についても触れ、

民主主義の原点でもある選挙が、北朝鮮の脅かしによって左右されることがあってはなりません。

などという見解を述べているが、北朝鮮によるミサイル発射や核実験で選挙が妨害された、されそうだなんて事実は一切ないし、今回の彼の一方的な解散の判断とは何の関係もない話を、まるで関連の深い話かのように説明することには強い違和感を感じる。
 そしてこの会見でも相変わらず「対話のための対話では意味がない」という台詞を何とかの一つ覚えのように繰り返し、

「圧力の強化は北朝鮮を暴発させる危険があり、方針転換して対話をすべきではないか」という意見があります。世界中の誰も紛争など望んではいません。しかしただ対話のための対話には意味がありません。

などと述べた。方針転換したほうが良いという意見は、圧力も必要だが対話する姿勢も必要だとする主張がその大半を占めている。圧力は全く必要ないと言っている人は殆どいない。そして「対話のための対話」なんてことを行ってきた人は、少なくとも日本には一人もいないはずだ。ことごとく失敗はしているが、誰もがこれまでも拉致問題等北朝鮮との間にある問題解決の為の対話を行っていたはずで、決して対話のために対話をしてきた訳ではない。彼がそれを「対話のための対話」と評するなら、今行われている圧力だって数年間行われているのに結果は出ておらず、というか寧ろ状況は悪化するばかりで「圧力のための圧力」にしかなっていないと言えるのではないだろうか。
 北朝鮮当局やその最高指導者と同じようなレベルで挑発合戦を繰り広げる米大統領に、一切苦言も呈さず、全肯定するような態度の安倍首相に、

今後ともあらゆる手段による圧力を、最大限まで高めていくほかに道はない。私はそう確信しています。

などと言われると、まるで彼は戦争を望んでいるのではないだろうかとさえ思えてしまう。そして、

拉致問題の解決に向けて、国際社会でリーダーシップを発揮し、全力を尽くしてまいります。

と続けたが、対話を重視せずに一体どのように拉致問題を解決しようというのだろうか。圧力をかけ続ければ北朝鮮側が「拉致してすいません、被害者を帰国させます」と自ら言ってくるとでも思っているのだろうか。自分には圧力を強化すればするほど拉致被害者が人質的に扱われたり、報復措置として危害を加えられる恐れが高まるように思える。もしそんな事態が発生したとして、それは拉致問題の解決と言えるのだろうか。自分にはトランプ氏と同様、彼は拉致問題を選挙や自身の正当化の為、政治的に利用しようとしているように思えてならない。

 そして最後にこの解散は「国難突破解散」だという話で締めくくるのだが、その冒頭で、
 
先の国会では森友学園への国有地売却の件、加計学園による獣医学部新設が議論となり、国民の皆様から大きな不信を招きました。私自身、閉会中審査に出席するなど、丁寧に説明する努力を重ねてまいりました。今後とも、その考えに変わりありません。

と述べた。ハッキリ言って「今後ともその考えに変わりがない」のなら臨時国会冒頭で解散などせずに正々堂々と議論を尽くしてから解散するべきで、言っていることとやっていることが相当ちぐはぐだ。ということは、彼はあの閉会中審査で説明は尽くしたと言っているのも同じだと自分は感じるし、あの閉会中審査で充分な説明がなされ、疑惑や不信が払拭できたなんて自分には毛頭思えない。

 毎度のように選挙となると憲法改正については一切触れず、消費税だとか経済だとか言い出すのは彼の常套手段だが、今回もそれには全く変化がなく、それは、今回の選挙”も”国民の為の選挙なのではなく、彼の彼による彼の為・自民党の為の選挙なのではないかという、自分が感じる懸念を更に強める大きな要因になっている。
 現在の野党第一党である民進党に存在感がないことや、小池都知事が代表就任を表明した新党・希望の党とやらは方針を示す前から選挙目当てに人が集まり、選挙互助会のような状態であることも事実ではあるが、あのような会見を開いて堂々と前述のような主張が出来てしまう首相も決して信用することは出来ず、票を投じようという気には全くなれない。要するに彼も頼りない、選挙目的で集まる野党と同レベル、若しくはそれ以下としか思えない。

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