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エルサレム大使館移転と国連決議


 イスラエルの米国大使館をテルアビブからエルサレムに移転する意向をトランプ大統領が示したと国内外の報道各社が一斉に報じている。大使館とは、基本的にその国の首都に設置するものだが、一部の報道では大使館をエルサレムに移転するだけでなく、明確にイスラエルの首都をエルサレムだと認める宣言も検討しているとも伝えられている。ただ、いつ移転するかについては詳しい話がまだないようで、本当に実行されるのかはまだ不透明のような気もする。しかし、これによって中東情勢が悪化することはあっても、好転することは決してないだろう。要するに、トランプ氏は5度目の中東戦争の種に水や肥料を与えていることになる。
 エルサレムへ大使館を移転すると何が問題なのかについては、まずエルサレムとイスラエル・パレスチナ問題について理解しなければならない。


 多くの人が知っているように、エルサレムはユダヤ教・キリスト教・イスラム教それぞれの聖地だ。1100年頃から1300年頃にかけて行われたカトリック勢力による十字軍遠征は、エルサレムをイスラム勢力から奪還することを目的に行われたが、結局奪還することは叶わず、第2次大戦後のイスラエルの建国以前まではイスラム勢力が実質的に支配してきた。エルサレムがある現在のイスラエルと東側の隣国・ヨルダンは、それらの国が建国される以前はパレスチナと呼ばれる地域だった。
 一方、1世紀前後にローマ帝国によって国を奪われたユダヤ教徒たちは、長い間自分たちの国を持たずキリスト教国やイスラム教国などに広く散らばっていたが、異教徒として不当な扱いを受けることも少なくなく、1800年代にユダヤ教の国家を聖地エルサレムのある地域に作ろうというシオニズム(シオン運動)が一部で盛り上がり、1800年代後半からユダヤ教徒の、主にヨーロッパからパレスチナへの入植が始まる。
 パレスチナは近代まではオスマン帝国・イスラム勢力圏だったが、元々多くのアラブ人と少数派のユダヤ人が共存する地域で、共にオスマン帝国内ではトルコ系の王族に支配される側だった。そんな背景もあり、ヨーロッパからのユダヤ教徒の入植が始まったシオニズムの当初は、それまで同様に共存関係であったようで、双方の指導者によって共存に関する声明が出されたりもしていたようだ。その後、第1次世界大戦によってオスマン帝国が崩壊。戦中にオスマン帝国と敵対し、中東での勢力拡大を目指していたイギリスが、所謂三枚舌外交で、ユダヤ勢力とイスラム勢力の双方に独自国家の建設を約束したが、結局フランスなどとの密約を優先しパレスチナを植民地化した。このことなどによってユダヤとイスラムのわだかまりが徐々に燻り始め、1930年代になるとユダヤ・イスラム両者の関係が悪化し始める。
 第2次世界大戦前・大戦中のナチスドイツによるユダヤ教徒差別政策・大虐殺によって、また、ナチスドイツ以外でもロシアなどを中心にユダヤ人に対する差別は根強く残っており、ユダヤ教独自国家建国の機運はさらに高まる。ヨーロッパでの迫害から逃れてくる移民の受け入れに積極的でなかった、当時パレスチナを統治していたイギリスに対し、一部のユダヤ人が過激化し反英闘争が起こる。第二次大戦で疲弊したこともあり委任統治を諦め、パレスチナの問題については国連に委ね、イギリスは1948年5月をもって委任統治を終了すると宣言する。
 
 これを受けてユダヤ勢力は1948年5月にイスラエル建国を宣言するが、パレスチナのアラブ人に同情するアラブ諸国がパレスチナへ侵攻、最初の中東戦争が起こる。その後1970年代までに4度も中東戦争が起こり、4度目の中東戦争以降もインティファーダと呼ばれるパレスチナ・アラブ系住民による抵抗など、イスラエルとパレスチナのアラブ系住民・アラブ諸国の対立は今も続いている。現在のイスラエル・パレスチナはユダヤのイスラエルとイスラムのパレスチナ自治政府(ヨルダン川西岸地区・ガザ地区)に分かれており、共に聖地エルサレムを首都(パレスチナ自治政府は、厳密には”将来の首都”)と主張する状況になっている。この棲み分けは、イスラエル建国直前の1947年に行われた国連総会によるパレスチナ分割決議が定めた、パレスチナをユダヤ人、アラブ人、国連統括地の3つに分割する決定を基礎としており、国連を始めとした国際社会では、イスラエルの首都をエルサレムとは認めず、殆どの国が首都に置くべき大使館を、イスラエルが建国当初に首都としたテルアビブに置いている。
 
 これが、アメリカ大使館をエルサレムに移転すると中東危機が再燃しかねないという懸念の理由だ。アメリカでは、ユダヤ人勢力のロビー活動などの結果、イスラエルの米大使館をエルサレムに移転する法律が1995年に制定されているが、歴代大統領は中東情勢に配慮して、この実施を半年ごとに延期し続けてきた。トランプ大統領は大統領選以前から大使館のエルサレムの移転を公約に掲げていたが、彼も今年・2017年の6月に1度は延期を行っている。
 エルサレムは元々東西で東をパレスチナ側、西をイスラエル側と分割されていたが、1967年・第3次中東戦争でイスラエルが東側も占領して以来、今もイスラエルが実行支配している状況だ。1980年にイスラエル議会が改めてエルサレムを首都と宣言した際に、国連総会は東エルサレムの占領を非難し、その決定の無効を143対1(反対はイスラエルのみ、棄権は米国など4)で決議している。ということは、トランプ大統領が大使館をエルサレムに移転させれば実質的エルサレムをイスラエルの首都と認めることになるし、更に明確に認める声明を発表すれば、確実にトランプ氏は国連決議を無視することになる。
 現在、北朝鮮の核・ミサイル開発、それによる挑発的な行為が深刻化しており、日米韓を中心に各国が北朝鮮に国連決議を守り、核やミサイル開発を中止せよと迫っている状況なのに、アメリカの大統領が自ら国連決議を無視するようなことをすれば、北朝鮮への対応に関する説得力を欠くことにもなるのではないだろうか。


 一体何故彼がこんな行動に出るのか、娘婿でユダヤ教徒のクシュナー氏の存在が大きいなどとも言われているが、それならば6月に1度延期するようなことはしなかったのではないだろうか。個人的には、

  • 公約の内、実現できているのは大統領令で済むことばかり
  • 他の公約は議会の賛同が得られず、全く思うように進まず
  • ロシア疑惑はどんどん深まる一方
  • 支持率は最悪の水準から上向く兆しが全くない
  • 米国株価の高水準だけが頼みの綱のような状況
  • 朝鮮情勢深刻化が兵器企業の業績見通しの良い判断材料
  • 兵器企業の株価も株価全体をけん引する存在
  • 北朝鮮当局と下品としか言えない煽り合いを行っている
  • アジア歴訪の成果として、多額の兵器輸出をトップセールスで決めたと露骨にアピール

など、彼が戦争の危機を高めたいと考えているのではないか、と思える要素は揃いに揃っているように見え、彼は中東情勢の緊張感を高める為に、大使館移転を示唆しているのではないかと感じられる。
 勿論流石にトランプ氏も、いくら兵器産業が儲かろうとも、実際に大規模な紛争・戦闘が起こることまで望んでいるとは思えず、戦争の現実味を演出することが主な目的であるのではないかと想像する。しかし、実際には戦争を望んでいなかろうが、朝鮮半島情勢同様、彼が中東情勢の悪化を煽るような態度をとっていることは事実だ。彼は、これぐらいの煽りなら実際に大規模な戦闘が起こることはないと高を括っているのかもしれない。しかし、彼の思惑通りに物事が運ぶとも限らない。些細な想定外の出来事が、深刻な事態を招くことは良くあることで、これまで起きてきた戦争のいくつかはそんな理由で、大勢が犠牲になる事態に至っている。
 
 そう考えれば、アメリカファーストとか、アメリカの雇用の為とか、アメリカ経済の為なんてことを声高に主張している彼は、その為ならどんなことも厭わないと思っているようにも見えてしまい、決して容認できないし、彼を大統領に選び、今も続けさせているアメリカ国民には早急に何とかして欲しいと感じる。アメリカ大統領はこれだけ世界に影響を及ぼすのだから、アメリカ大統領選の選挙権がアメリカ国民にしかないのはおかしいと思えるぐらいだ。
 とりあえず今は、最悪の事態が起きないことを祈るばかりである。

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