スキップしてメイン コンテンツに移動
 

カートにシートベルトは必要か


 ここ数年、東京都心などでは、人気のゲーム・スーパーマリオカートのイメージを模したレンタルカートサービスが訪日外国人を中心に人気を博しているが、今年の夏頃から利用者が事故を起こすなどして、危険ではないのかなどの指摘も強まっていた。この手のサービスで用いられる車両は、レクリエーション・又はモータースポーツ向けのカートにウインカーやヘッドライト、ブレーキランプなどの保安部品を取り付けて、原付バイクの4輪版のような区分・ミニカーとして登録した車両だ。道路交通法上は自動車扱いなので2輪車のようなヘルメットの着用義務はない。
 朝日新聞は12/5に「公道カート、規制強化へ 危険と指摘受け赤尾灯やシートベルトの義務化の方針」という見出しの記事を掲載し、国土交通省が安全基準の厳格化を進めるということを報じている。

 
 まず、「赤尾灯やシートベルトの義務化の方針」の赤尾灯・所謂テールランプ/ブレーキランプの義務化についてだが、自分の経験上、これまでも尾灯なしではナンバーを取得することは出来なかったはずだ。正しくは記事本文にも記述があるように、尾灯の取り付け位置を、これまでは取り付け位置の規定がなかったが、後続車からの視認性を確保する為に、今後は地上から1メートルの高さを目安に取り付け位置指定を設けるということだろう。この見出しでは、これまで尾灯自体の取り付け義務がなかったかのように読めてしまう為、記者にはもっと適切な表現を心掛けてほしい。
 
 そして、自分が最も違和感を覚えるのは「シートベルトの義務化」という点だ。これに関しては、5/10の投稿でも殆ど同じことを書いているが、もう一度改めて書くことにする。前述したように問題になっている乗り物は、レース用・レジャー用のゴーカートに保安部品を取り付けミニカー登録した車両だ。現在カートレースは、プロドライバーを目指す若者が、その登竜門として多数参加しており、モータースポーツとして確立した存在だ。しかし国内のカートレースではシートベルトを義務付けている団体があるという話は一切聞いたことがない。しかし自動車レースではシートベルトの義務がないレースなんてのは聞いたことがない。同じ四輪車レースなのに一方ではシートベルトが義務付けられ、一方にはない。その差は一体なんなのだろうか。
 それは2輪車に目を向ければ理解できる。2輪車に関しては、公道を走る市販車もレース用の車両にもシートベルト・又はそれに準ずる車体に体を固定する装置がない。何故かと言えば、ライダーの体を車体に固定する方が、事故の際に怪我がひどくなる恐れが強いからだ。バイクの車体にはライダーを保護するようなシェル・外殻がなく、体が車体に固定されていると車体の下敷きになるなどした際にライダーへのダメージは深刻化する。だから2輪車では、シートベルトのようなもので体を車体に固定しない方が安全だという見解が一般的だ。朝日新聞の記事に掲載されている画像を見てもらえれば一目瞭然だと思うが、カートも2輪車同様に乗員を保護するようなシェル・外殻は一切ない。カートレースも2輪車と同様の理由でシートベルトがないことは明白だろう。
 ならば、所謂オープンカーもシートベルトがない方が安全なのでは?と感じる人もいるだろう。確かに過去の車種ではそれが当てはまる場合もあるだろうが、現在は、オープンカーでもひっくり返った際に乗員が車体の下敷きにならないように、ロールバーなどで空間を確保するような設計がなされている。要するに、屋根がなくとも車体と路面に挟まれて潰されないような工夫がされているので、シートベルトで固定し体が飛び出さない方が安全だということになる。
 少し話が逸れたが、市販車よりも安全性に敏感なモータースポーツ界でも、カートは2輪車同様に扱われシートベルトをしていないにもかかわらず、公道で使用するカートにはシートベルトを義務付けるという方針を、一体誰が、どのような経緯で決定したのだろうか。個人的には、義務化するならシートベルトではなくヘルメットを義務付けるべきだと考える。

 自動車などの安全性に関する適切な知識も、モータースポーツ界でどのような基準があるのかという見識も持たない国交省の役人・有識者会議の参加者らが、世論への迎合の為に行き当たりばったりで方針を決めているとしか、自分には思えない。自分は朝日新聞の記事しか読んでおらず、有識者会議の参加者がどのような人たちであるのかを詳しく調べてはいないが、その中にモータースポーツに携わるような人はいなかったのだろうか。
 もしかしたら、自分の知らない他の適切な根拠に基づいて、このような方針が示されているのかもしれず、もしそうであるなら、単なる取り越し苦労なのかもしれないが、自分の懸念がほぼ的中しており、適切とは言えないようなプロセスでこの方針が決定しているのなら、問題はこの件に留まらず、他の様々な案件についても全て疑いの目で見ていかなければならなくなる。
 この件にしても、自分は自動車や2輪車が好きで、モータースポーツにも興味があるからこのような懸念を感じたが、自動車・2輪車・モータースポーツに興味のない人からしてみれば「ふーん、そうなんだ」と、お役人や見識の高い有識者がそう言っているならそうなんだろうな程度の受け止めしかしないだろうと思う。それは、自分が明るくない分野でも同じようなことが起きている恐れがあるということでもあり、政府の方針だからとか、偉いお役人や有識者が決めたことだから間違いないなんて、間違っても言えないということにもなるだろう。
 
 朝日新聞の記者も記事化するなら、もう少し詳しく興味を持ち突っ込んだ取材を行って、この投稿で指摘したような点がどうなのかがわかる記事を書く努力をして欲しかった、というのが個人的な感想だ。ただ政府や役所の発表をそのまま伝えるだけでは単なる広報媒体でしかなく、そのような記事を書くのがジャーナリズムというものではないのだろうか。

このブログの人気の投稿

マンガの中より酷い現実

 ヤングマガジンは、世界的にも人気が高く、2000年代以降確立したドリフト文化の形成に大きく寄与した頭文字Dや、湾岸ミッドナイト、シャコタンブギなど、自動車をテーマにしたマンガを多く輩出してきた。2017年からは、頭文字Dの続編とも言うべき作品・MFゴーストを連載している( MFゴースト - Wikipedia )。

話が違うじゃないか

 西麻布に Space Lab Yellow というナイトクラブがあった。 一昨日の投稿 でも触れたように、日本のダンスミュージックシーン、特にテクノやハウス界隈では、間違いなく最も重要なクラブの一つである。自分が初めて遊びに行ったクラブもこのイエローで、多分六本木/西麻布界隈に足を踏み入れたのもそれが初めてだったと思う。

読書と朗読を聞くことの違い

 「 本の内容を音声で聞かせてくれる「オーディオブック」は読書の代わりになり得るのか? 」という記事をGigazineが掲載した。Time(アメリカ版)の記事を翻訳・要約した記事で、ペンシルベニア・ブルームスバーグ大学のベス ロゴウスキさんの研究と、バージニア大学のダニエル ウィリンガムさんの研究に関する話である。記事の冒頭でも説明されているようにアメリカでは車移動が多く、運転中に本を読むことは出来ないので、書籍を朗読した音声・オーディオブックを利用する人が多くいる。これがこの話の前提になっているようだ。  記事ではそれらの研究を前提に、いくつかの側面からオーディオブックと読書の違いについて検証しているが、「 仕事や勉強のためではなく「単なる娯楽」としてオーディオブックを利用するのであれば、単に物語を楽しむだけであれば、 」という条件付きながら、「 オーディオブックと読書の間にはわずかな違いしかない 」としている。

敵より怖いバカな大将多くして船山を上る

 1912年に氷山に衝突して沈没したタイタニックはとても有名だ。これに因んだ映画だけでもかなり多くの本数が製作されている。ドキュメンタリー番組でもしばしば取り上げられる。中でも有名なのは、やはり1997年に公開された、ジェームズ キャメロン監督・レオナルド ディカプリオ主演の映画だろう。

同じ規格品で構成されたシステムはどこかに致命的な欠陥を持つことになる

 攻殻機動隊、特に押井 守監督の映画2本が好きで、これまでにも何度かこのブログでは台詞などを引用したり紹介したりしている( 攻殻機動隊 - 独見と偏談 )。今日触れるのはトップ画像の通り、「 戦闘単位としてどんなに優秀でも同じ規格品で構成されたシステムはどこかに致命的な欠陥を持つことになるわ。組織も人も特殊化の果てにあるものは緩やかな死 」という台詞だ。