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Facebookの対応備忘録


 このブログでは、社会に対する不満や疑問などネガティブな投稿内容がその大半を占めているので、「1/1・元旦ぐらいはポジティブな事を書こうかな」と考えながらPCを立ち上げ、とりあえずFacebookを開こうとすると、通常ログイン情報をいちいち入力しなくてよい設定になっているのに、何故かIDとパスワードの入力を求められた。「不正アクセスされた形跡でもあったのか?」などと想像しながらパスワードを入力してみると、何やら誰かのFacebookへの報告により自分の投稿した内容が”不適切で削除された”的なことが書いてある。そんな投稿をした覚えがないので、どれが指摘を受けたのかがとても気になり、よく読まないまま”次へ”をクリックした。すると、指摘を受けたのは昨年・2017年の12/21に、ハフポストの記事「NHKが謝罪した橋爪功の不適切発言とは?「差別用語」になった歴史を振り返る」へ投稿したコメントのようだった。

 
 その記事は、12/20にNHKの生放送番組の中で、俳優の橋爪功さんが
 
言ってもしょうがねえしなぁ。ってすごく否定的だね。(愛は)ない。言いたいことってない。言いますよ、『馬鹿だ』、『チョンだ』か、『死ね』とか、『ひでえ』とか。そういうことは言います。理屈立ててというか、丁寧になんかは言いません

と発言したことを取り上げた記事で、要するに”チョン”という表現が、朝鮮半島出身者に対する蔑称と認識される恐れが強く、多くの放送局で用いるべきでない言葉とされていることと、”チョン”という表現には元来差別的なニュアンスがなかったが、時代を経て差別的ニュアンスを含むような場合が目立つようになり、不適切な表現とされるようになった経緯などをまとめた記事だ。詳細は元記事を読んで確認して欲しい。
 この記事に、自分は次のようにコメントした


差別用語って、元々その意図はなくとも、
使う人が込める差別的な思いや、
受け止める人が差別的だと感じることで、
差別用語化していくので、その評価はとても難しい。

少し前に、韓国の新聞社が、
「朝鮮人」と言う表現は差別的という見解を示していたが、
流石にそれはちょっと違うと思うし、
中国人が「シナ人」という表現を差別的だということがあるが、
英語のChinaと同じ語源なのに、英語はOKで
日本語のシナは差別だというのもなんだか変だと思う。

しかし確かに、朝鮮人はそうではないかもしれないが、
チョン・チョン公やシナ人という表現が、
黒人の蔑称・ニグロのような意味合いで用いられていた
過去があるから、拒否反応を示す人がいることも理解できる。

何がダメで何はOKなのか、その評価は人によってまちまちだろうが、
出来る限りお互いに尊重しあって考える必要がある。
この記事のコメント欄で”僻み根性”なんて言っている人は
議論に参加しないで欲しい。


最後の部分は、他の人がこの記事に「チョンが差別表現だなんてのは、僻み根性(恐らく過剰な被害者意識)」という旨のコメントしていることを踏まえた話だ。

 確かに自分のコメントの中では、チョン・チョン公・シナ人・ニグロなどの差別が強く疑われる言葉を使用している。しかし、それらの言葉を差別をする意味では使用しておらず、差別的な表現をしているつもりは全くない。そう思って、コメントが削除されたということが書かれた画面から異議を申し立てようと思ったのだが、その為の方法は書かれていない様だった。そこには”戻る”というボタンもなかったし、”次へ”をクリックした先にその方法が書かれているかもしれないと考えてクリックしてみたら、いつものホーム画面へ戻ってしまった。その後、何とかもう一度その報告を表示させて精査しようとしたが、”お知らせ”の項目にも”サポート受信箱”にも、そして登録メールアドレスへも、それについての報告はなく、コメントが削除された理由を再確認できる術は一切なかった。
 本当にコメントが削除されているかを一応確認しておこうと思い、ハフポストの記事を確認したところ、どういう訳かコメントはそのまま表示されている。何があったのかよく分からないが、「もしかしたらFacebookのタイムライン上の投稿が削除されたのかも」と考えて、そちらを確認してみることにした。ハフポストの記事だけにコメント投稿することも出来るが、”Facebookにも投稿”にチェックを入れておけば、同時にFacebookの自分のタイムラインにも同じコメントが投稿される。自分は常にこのチェックを入れて投稿しているので、タイムラインの12/21を見れば同じ内容の投稿があるはずだ。
 タイムラインを確認してみると、当該のコメントが見当たらない。どうやら先ほど画面に表示されたのは、Facebookのタイムラインからこのコメントが削除されたという報告だったようだ。Facebookから示された削除報告の画面のスクリーンショットも撮っていないし、再確認する方法もないので、詳しくは調べようもないが、一体どんな判断なのだろう。もしこの自分の投稿がFacebookの規約に違反しているなら、ハフポストへのコメントもFacebookのシステムを採用しているのだから同時に削除されるだろうし、何やらとても不可解だ。それともタイムラグをおいてハフポストの記事からもその内コメントが削除されるのだろうか。
 
 そんな想像をしたので、備忘録的に今日はこれについて書いておくことにした。Facebookの投稿に関する規約や、差別表現に対する削除ガイドラインの運用が適切に行われているのかについては、以前から疑問を感じていたが、そんな思いを更に深めたのが今日のこの出来事だった。SNSの社会的な影響力は決して小さくないのに、その管理運営に問題があるのではないか、に関しては、昨年・2017年はツイッター上で行われるヘイトスピーチに対して強く問題視されるようになり、ツイッターの運営側もそれなりの対応をしていく姿勢を見せている。しかし、BuzzFeed Japanは「インスタに「家族写真」を削除されたカップルの訴え」という記事を12/24に掲載し、instagramの対応の杜撰さを指摘している。
 確かに、SNS上の様々な投稿に対して、一つ一つ個別に対応していくことには手間がかかるし、見る人の国や民族などが変われば判断基準・価値基準が違ったり、判断が難しい事も理解はできるが、instagramやその親会社でもあるFacebookにはもう少し丁寧な対応を期待したい。というか、現在の状況を考えれば、彼らには社会的にそれを行う責任があると考える。

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