「文科省が授業内容などの提出要求 前川前次官の中学校授業で」、NHKが3/15に報じた記事の見出しだ。記事によれば、昨年・2017年、「行政が歪められた」と発言し、加計学園問題に関して官邸の関与があったと主張した前川・前文科省事務次官が、先月、愛知県内の公立中学校に総合学習の講師として呼ばれて講演を行ったそうだ。それを報道によって知った文科省は、その中学を所管する教育委員会を通じて、講演の内容を書面で確認することと録音の提出を要求したそうだ。国が学校の個別の授業内容を調査することは、いじめ問題などを除いて原則的には認められておらず、NHKが取材した専門家は「行政が必要以上に学校をコントロールすると、現場は窮屈になり、忖度や委縮が広がってしまう」と懸念を示している。
文科省はこの件についてのNHKの取材に対して、
前川氏が事務方トップだったことや、天下り問題で辞任したことを踏まえ、講師として公教育の場で発言した内容や経緯を確認する必要があると判断した。正確性を期すために文書での確認を行った。問題があるとは思っていない。
という見解を示しているようだ。前川さんが天下り問題の責任をとって辞任した人物であることを問題視し、教育の場に相応しくない人物と認識していることを強く感じさせる。そしてこのコメントでは触れられていないが、内容確認・録音の提出を要求したメールの書面では、前川さんが「行政が歪められた」と官邸に苦言を呈したタイミングで、読売新聞が出会い系バーを利用していたと報じたことなどを根拠に、それについても指摘しており、道徳教育に相応しくない人物と捉えている事を強く感じさせる。
前川さんが出会い系バーに出入りしていたということに関して、児童買春の疑いを感じさせる記事を書いたメディアもあったが、逆に、未成年者の貧困の実態を知る為で、やましいことが目的ではなかったとする記事もあった。彼が児童買春で有罪判決を受けた事はおろか、逮捕・送検されたという事実すらない。例えば、前川さんがこれまでにヘイトスピーチを堂々と行っていたとか、性犯罪での逮捕歴があるとか、反社会勢力と密接な関わりが明確になっているなどの過去があれば、教育の一環として学校で行われる講演に相応しくない人物である懸念が示されても理解できる。しかし、天下り問題の責任をとって辞任したこと、出会い系バーに出入りしたというだけで、教育基本法にも明記されている原則を犯してまで調査する必要性のある人物と言えるだろうか。自分には全くそうは思えない。
なぜ日本では”教育現場に国は極力介入するべきではない”とされているのかといえば、それは戦前・戦中に行われた愛国教育が軍国主義・滅私奉公などの啓蒙に利用され、全体主義思想が強要される好ましいとは言えない社会情勢が形成されたことへの反省からだ。もっと簡単に言えば、教育が戦争に利用されてしまったことを繰り返さない為とも言えるかもしれない。それを実現する為の規定が教育基本法の中にも明記されている。
そんな観点で考えると、文科省が示した「問題があるとは思っていない」という見解はとても残念だ。しかも今日の林文科大臣は会見で「誤解を招きかねない表現があった」とはしながらも、「問題ない」という見解を踏襲しており、ハッキリ言って、省全体の判断基準がおかしくなっていると言わざるを得ない。というか、国の過剰な教育現場への介入云々以前に、前川さんへの人格否定・人権侵害に当たる恐れもあるのではないかと懸念する。更に言えば、財務省などの件も考えれば、文科省だけの問題とは言えず、行政機関全体の判断基準がおかしくなっているんだろう。
財務省の国有地の不適当な払い下げ・文書改ざん問題に関して、先日、昨年の国会で虚偽答弁をしたことが強く疑われていた佐川・元理財局長が、何の責任をとったのかよく分からないような理由で、その後就任した国税庁長官を辞任した。その時点では財務省は文書改ざんを認めていなかったが、その直後に改ざんを認め、その後は財務大臣・現理財局長、そして自民党の一部の議員がよってたかって彼一人の責任だと主張し始めた。しかしその一方で、佐川氏の証人喚問の可能性について昨日やや方向転換したものの、当初与党は「既に辞任しており私人なので証人喚問には慎重であるべき」などと応じない姿勢を見せていた。自分には「責任は彼一人にあるが、辞任したら、はい、それで終わり」というような、ちぐはぐな態度に見えた。
前川さんが天下り問題で辞任したことは、個人的には当然の対応だったと思っている。しかし、彼が主体的に天下りを画策していたとは思えなかったし、どちらかと言えば、部下の不適切な行いの責任をとっての辞任だったように感じていた。それを踏まえると、佐川さんは更に悪者にされ、前川さんを文科省が人格的に問題のある人として扱うように見える行為を「問題ない」と堂々と言ってのけるように、今後同じ様に扱われるんだろうと想像してしまう。
自民党の幹部は佐川さんを「既に辞任しており私人であり、証人喚問には慎重であるべき」としたのだから、前川さんも当然私人のはずだ。にもかかわらず、同じ自民党員である林文科大臣は、前川さんが学校で講演をしたことに関して、天下り問題で辞任した事務次官という理由で、文科省が原則を破って調査しようとしたことを「問題ない」と言っている。同じ自民党の議員が、一方で「辞職した私人だから取り扱いは慎重に」としているのに、一方では「辞職した私人だけど、雑に扱っても問題ない」としているようで、矛盾しているように思う。
これまでこの投稿で書いたことや、財務省の改ざん問題で担当部署の職員が、財務大臣や財務省が現在主張していることを覆すような内容の遺書を残して自殺したことなども総合して考えると、政権の意向に逆らったり、批判したり出来ないような空気が行政機関全般に蔓延してるんだろうと想像してしまう。これではまるで、世界の中心であることを自負する隣の大国の独裁政党みたいじゃないか。