3/20、アルゼンチンでG20・主要20ヶ国財務相・中央銀行総裁会議が開幕した。初日は、トランプ大統領が輸入制限措置を検討していることなどを背景に、去年に引き続き保護主義への懸念について議論が交わされたようで、今後は日本やイタリアで大量に取引所から流出する事件が起こったり、マネーロンダリングに悪用される懸念のある仮想通貨への対応についても議論が行われる見通しだそうだ。
日本の財務大臣・麻生氏は、財務省による、森友学園への不当な国有地払い下げ問題に関する公文書改ざんの件への対応が必要な為、今年のG20への参加は見送っている。これに関して、ツイッター上などで頻繁に「我が国にとって大きな損失だ」という旨の主張を見かける。確かに、米国のあからさまな保護主義を目の前に、他の国や地域と連携を図るために大臣が参加する必要があった。そのような意味では確実に”国益を損なっている”。
しかし、そのような主張の多くは「野党やマスコミが森友問題でバカみたいに騒ぐから、麻生大臣が国会を優先せざるを得ない状況になっている」というニュアンスで書かれている場合が多い。多分このタイプの人は、政権やそちら側の行為・それに寄り添う主張が絶対的に正しく、それを批判することは全て間違い的な思考なのだろう。財務省内で公文書が改ざんされたのは野党やマスコミの追及の所為じゃない。財務省内で改ざんが行われたことは誰の目にも明らかだ。確かに野党やマスコミの追及を受けたことも改ざんが行われたきっかけなのかもしれないが、追及には何ら問題はなく、改ざんに手を染めたことが問題だ。要するに、改ざんの主たる責任は財務省にあり、組織の最終責任者である麻生大臣、更には、麻生氏を大臣に任命した行政の長である安倍首相にもその責任はある。首相自身もその責任を、3/19の国会審議の冒頭で、支持率の低下を受けてではあるが、自ら認めている。
また、G20と、森友学園への不当な国有地払い下げ問題に関する財務省による公文書改ざんを比較して、「G20への参加の方が重要で、森友問題なんてもういいからG20に参加するべき」と言わんばかりの論調も大変馬鹿げている。中央官公庁の官僚によって公文書が改ざんされ、しかもそれが国会に提出され、それを根拠に約1年間議論が続いていたこと、更に発覚するまでの間に衆院選が行われ、その議論内容も国民が投票先を決める材料の重要な一つだったことの、評価を低く見積もり過ぎているとしか言えない。確かに国外の経済に関する状況を見れば、G20への参加の重要さは決して低いとは言えないが、官僚による公文書改ざんとそれが国会や選挙に与えた影響を考えれば、同じかそれ以上に重要度の高い話だ。
3/19の投稿で取り上げたフィフィさんの主張もそうだが、このような「とるに足らない国内問題より国外の深刻な状況を見ろ」的な主張を見ていると、外側に敵を作って国内をまとめようとするような意図、または、内政の問題から市民の目を逸らす為に外側へ注目を誘導しようとするような意図を感じる。現政権が北朝鮮危機をやや過剰に煽っているように感じることもそう感じる理由だ。麻生氏は衆院選後の会見で、選挙に大勝したのは「北朝鮮のおかげ」という旨の発言している。
フィフィさんがそのようなタイプかは分からないが、前述のような主張をするタイプの人々は、現政権の積極的な支持者に多く、とりわけその中でも嫌韓・嫌中をあからさまに表明するようなタイプの人達であるように推測する。彼らはしばしば「韓国の大統領は漏れなく内政に行き詰ると、政権維持の為に反日を叫び始める」というような主張を展開し、それを嫌韓を主張する根拠に一つにする。確かにそのような韓国大統領の傾向は自分も感じるし、決して好ましい傾向とは思わない。しかし、彼らは、彼らが嫌悪するそのような行為と殆ど変わらない主張をしていることに気付いているのだろうか。彼らは、自分が積極的に支持する現政権は、彼らが嫌悪する韓国政権と似たり寄ったりであるべきだと言っているようなものではないだろうか。
このような観点から、G20の方が財務省による、森友学園への不当な国有地払い下げ問題に関する公文書改ざんより重要だ、とか、北朝鮮情勢の方が重要だ、なんて主張に合理性があるとは思えない。勿論どちらの国際的な問題も重要であることには違いないが、それらと同じくらい、もしくはそれら以上に、財務省による、森友学園への不当な国有地払い下げ問題に関する公文書改ざん問題は深刻な問題だ。
にもかかわらず、政権与党が実態解明に消極的であることが不信感の元凶だ。一部では、政府や与党は、時間稼ぎをしていればその内別の問題が浮上するだろうし、国民は”喉元過ぎて熱さを忘れる”だろうから、今落ちている支持率もいずれ回復する、と踏んで、佐川氏の証人喚問への対応も極力先延ばししてきたし、これからものらりくらりやり過ごすつもりだ、という見立てもあるようだ。確かに昨年の通常国会後一度は下がった政権の支持率だが、首相が「真摯に受け止め丁寧に説明する」などとした結果、政権への支持率は都議選の大敗後は持ち直し、野党の分裂もあって、衆院選では結局自民が大勝するような結果になったのだから、政府や与党が前述のような今後の戦略を立てるのは、ある意味理に適っているとも言えそうだ。
しかし、別の視点で考えれば、国民は既に少なくとも1回は政府や与党に騙されているとも言えるわけだ。「真摯に受け止め丁寧に説明する」としていたのに、1年以上も経って新たな事実が、しかも政権や行政側からでなくマスコミ報道によって続々と明らかになっている。どう考えても、政権や与党は杜撰な実態調査・把握しか出来ていなかったとしか言えない。要するに自分には、政府は国民の足元を見ている、厳しく言えば、時間が過ぎれば忘れるような者共と馬鹿にしているように思えてならない。現政権は安保関連法制然り、共謀罪然り、時間さえかければ「議論は充分」と言い始める傾向がある。そして、一部の積極支持者らや、残念なことに維新など一部の野党議員の中にも、この主張に共感する者がいる。いくら時間をかけようが、合理的な議論が交わされ、相応の結論に辿り着かない限り、それは単なる時間の無駄だ。特に森友学園に国有地が不当に安く払い下げられた問題については、改ざんされた文書を基に議論が行われていたのだから、先月までの議論は全くの無駄とまでは言わないが、合理的だったとは口が裂けても言えない筈だ。
労働に対する正当な対価の問題で、労働者が適切な労働環境や賃金を求めても、特に中小・零細企業では、経営者が「それを実現すると経営が立ち行かなくなる」などとして、労働者に経営者的視点を求め、結果ブラックな環境が強制されるという状況が確実にある。個人的には「そんなこと知るか、経営者の都合を押し付けるな。何故タダ働きしなきゃいけないんだ」と思うが、何故か多くの労働者は会社や経営者を慮り、言い換えれば忖度し、サービス残業をしてしまう。少なくとも自分はそんな状況にこれまで何度も出くわしてきた。
麻生大臣がG20に今年度出席できなかったは、責任者なのに財務省内を正常に統率できていなかった彼自身の所為だ。なのになぜ彼を慮って、言い換えれば忖度して、彼の足を引っ張る財務官僚・野党・マスコミが悪いなどとなるのだろう。まるで、ブラック経営者にいいように丸め込まれ、結局自分たちが損をする労働者のようだ。