「競馬場、依存なら入れません…患者の写真配布」という見出しで、読売新聞がJRA(日本中央競馬会)が明かした、現在検討中のギャンブル依存症対策方針についての記事を掲載している。その内容は記事によると、
家族がJRAに申請すれば患者本人の意思に関係なく、競馬場や場外馬券場への入場を禁止できる措置をとることを決めた。
そうだ。尚、今秋からの実施を目指しているそうだ。記事の内容にも幾つか疑問点はあるが、それ以前に見出しの不適切さを指摘したい。それは「患者の写真配布」という表現についてだ。記事を読めば、施設への入場規制を行う為に、申請のあった対象者の顔写真を当該施設・職員に配布するということを切り取った文言だと明確に理解できる。しかしこの見出しだと、見せしめ的に申請のあった依存症患者の写真を施設内に貼りだしたり、写真掲載ビラを利用客全般に配布したりして、通報を促すという対策を行うのか?と想像する者もありそうだ。見出ししか読まない者もいるだろうから、誤解を極力生まない見出しにすることを常に心掛けてもらいたい。
このJRAのギャンブル依存症対策にどれほどの実効性・有効性があるのだろうか。個人的には効果的だとはぜんぜん思えない。寧ろ余計な問題が副作用的に生じる懸念の方が大きいのではないかと想像してしまう。この記事はこの件に関する第一報のようなので、今後詳細が検討されたり公表されたりするのかもしれないが、これ以降は読売新聞の記事を読んだ限りでの、個人的な受け止めでの主張であることを勘案して貰いたい。
まず、申請のあった者だけを対象とした施設への入場規制が徹底できるのかに大きな疑問を感じる。場外馬券場や競馬場に行ったことのある者ならほぼ全員それを感じるのではないだろうか。比較的小さなレースの日の競馬場なら、もしかしたら入場ゲートで入場者の中から該当者を見つけて実際に入場を制限できるかもしれない。しかしG1レースなど注目の集まるレースがある日の競馬場には、10万人以上の客が集まることも決して珍しくない。一体どのような方法でその中から該当者を見つけるのだろうか。昨今、AIなどによる顔認証技術は想像以上に発展しており、新たな設備を導入すれば該当者を見つける事はできるかもしれないが、人混みの中で該当者に接触し場外へ排除するのは決して簡単ではないだろう。場合によっては大きな混乱を引き起こす恐れがあるように思う。また、場外馬券場に関しては入場ゲートなどない施設も多い。そんな状況で一体どのように規制を行うのだろうか。
そもそも、ギャンブル依存症対策で重要なのは施設への入場を制限することでなく、勝馬投票券の購入を制限することの方だろう。しかし、電話やネット投票などで、施設へ入場することなく投票券を購入することも可能なのに、施設への立ち入りを制限することの効果は限定的としか思えない。「電話投票にしろネット投票にしろ契約者本人が限定出来るから規制は簡単」と考える人もいるかもしれないが、知り合いが購入するのに便乗することも考えられる。というか、依存症が認められるくらいに執着しているなら当然それを検討するだろう。
前述のように、施設内の投票券自動販売機や窓口・電話やネット経由での正規の投票券購入を規制したら、依存症患者なら、まず知り合いに代理購入を頼むだろうし、更に言えば、所謂違法なノミ行為業者を利用し始めるだろう。ということは、JRAが決して有効性が高いとは言えない対策を行うことによって、結果的にノミ行為を助長する恐れもあるとも言えそうだ。これが、余計な問題が副作用的に生じる懸念の方が大きいのではないかと想像する理由の一つだ。
また依存症の認定は誰が行うのかも疑問だし、「本人の意思に関係なく」という点にも疑問を感じる。確かに依存症という事が明白であれば、健康的な人ならば認められることにある程度の制限が設けられることも合理的と考えられる場合もあるだろう。例えば、家族のお金を横領したり、生活に支障をきたす程競馬にのめり込むようであれば、何らかの対策・規制が設けられても仕方ない。しかし、依存症の判定がどのように行われるのかも現時点では不明瞭だし、その判定に問題があれば「本人の意思に関係なく」一方的に制限を加えることにも問題性が出てきそうだ。
ギャンブル行為は依存症を引き起こしやすいということは理解出来るが、生活に支障をきたすような依存症というのは何もギャンブルに限った話ではない。例えば、アイドルの追っかけ、キャバクラ・風俗・ホストクラブ通い、ビデオゲーム、酒なども、現在依存症と関連が深いと認識されているだろうし、一般的には健全に楽しんでいる人の方が多い趣味や娯楽にだって、生活に支障をきたすレベルでのめり込んでいる人は存在する。確かに、家族や周りの人間がそれを止めさせたいと考える気持ちも理解出来るし、生活が立ち行かなくなる程のめり込む人たちが増えれば、今後の社会保障費の増大などへの懸念もあるだろうから、確かに何らかの対策は必要だ。しかし、ギャンブル以外の依存症に関しては社会的にそれ程強く嫌悪されておらず、自己責任的に語られるのに、なぜギャンブル依存だけこんなに強く嫌悪されるのだろうか。そんな状況を考えると、今回JRAが行おうとしている規制は、大した効果が見込めないのに、規制に積極的であるというポーズをとることだけを重視した、世の中にあるギャンブルに対する偏見に迎合した行為にも見えてしまう。
自分が言いたいのはギャンブル依存対策が必要ないということではない。対策を立てるなら効果が見込めることが重要だということだ。不必要に権利を侵害してしまう恐れがあるのだから、そのリスクに見合う実効性があることを示すべきなのではないだろうか。
また、依存症から脱したかの判断は誰が行うのか、「本人の意思に関わらず」としたら、虚偽申請が行われた場合に申請の取り下げ、異議申し立てなどの権利まで制限される恐れがあるのではないか、規制の為に集めた個人情報の管理は徹底されるのか、流出や不適切利用の恐れを排除できるのかなどなど、多くの懸念を、この規制方法は孕んでいるように思う。「自分は依存症じゃないから関係ない」などと思っている人もいるかもしれないが、もしAIによる顔認証技術をこの規制に用いるということであれば、依存症でない者の施設への入退出もデータベース化が可能である。「競馬場や馬券場へ行かないから関係ない」と思う人もいるかもしれない。しかし、将来的に別の場所で同じ様なシステム・規制が導入されるきっかけになるかもしれないし、最悪それが悪用される恐れもある。もしそうなれば、もっともらしい理由の下で不当に権利が制限されるような事も起きるかもしれない。勿論そうならない可能性だってあるだろうが、それでも様々な懸念を理解しておく必要性はあるだろう。