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伝統だろうが風習だろうが


 昨日放送されたNHKの素朴な疑問を扱うバラエティ・チコちゃんに叱られるでは、プロ野球で優勝が決まった際に”胴上げ”が行われるようになったのは何故か、ということを掘り下げていた。諸説あるようではあるが、番組によると胴上げは、もみ殻を選別する際に、炒め物を作る際にフライパンを振るような動きで、もみ殻をザルなどの上で宙に舞わせ、中身の詰まってない質の悪い個体を風を利用して取り除いたことに由来するそうだ。これだけでは、何のことか分からないかもしれないが、元々は胴上げ=悪いものを取り除くという意味”厄払い”として行われていたらしい。では何故、優勝や合格など胴上げが”祝い”の意味合いに変化したのかというと、良いことがあって浮かれている状態=普通の状態ではない、という観点から、浮かれ過ぎないように・普通の状態に戻す為に、良いことがあった際にも胴上げをするようになり、そこから胴上げ=お祝いという今の認識が生まれた、というのが番組での説明だった。

 
 この話が絶対的に正しいのかどうかは別として、説明として明らかに合理性に欠けている部分があるとも思えない。これから考えると、しきたり・風習の意味合いというのは、時代と共に変化していくものだということがよく分かる。
 また、4/11のNHK・歴史秘話ヒストリアでは、戦国武将・島津義弘を取り上げており、関ケ原の戦いが西軍の敗色濃厚となる中で敵中突破を図った義弘が、西軍の人質になっていた妻と娘とどのように合流したかも紹介されていた。その中で「奥方や姫はまだ徳川の虜(とりこ)にはなっておりません」というようなセリフがあった。現在、虜という言葉は、奴隷とか”囚われている”というようなネガティブな意味合いではあまり利用されず、人やモノなどの素晴らしさに魅了されているなど、言い換えれば自ら肯定的に身を捧げているような状態や、”心酔している”というようなポジティブな意味合いで縛られている状態を表現する際に用いられることが殆どだ。要するに、時代と共に前者の意味合いが徐々に失われつつある状況にあるのだろうと思う。

 4/5の投稿でも触れたが、大相撲の土俵上女人禁制の賛否が大きな話題になっている。昨日あたりから、発端になった舞鶴巡業以降急に各所の巡業で行われるちびっこ相撲でも「女児を土俵上に上げるな」という通達が出され、昨年までは女児もちびっこ相撲に参加していたのに今年は出来なくなった、ということをメディア各社が伝えている。これについて相撲協会側は、「女児が以前に怪我をするという事案が発生していたことへの配慮」としているようだが、男児だって怪我をする可能性はある。というか寧ろ女児が怪我をしたことの原因は女児にはなく、相手をした力士が加減をしなかったからだろう。そんな理由で女児だけ取り除くなんて全然合理性があるとは思えない。
 また、「この方針は今月急に決まったことでなく、昨年末から決まっていた」という見解も示しているが、ではなぜ、懸案の舞鶴巡業の後に急に通達が各所に出されたのだろうか。この疑問に対してある記者が、「これまでも基本的には女児でも土俵上に上げるなというのが協会の方針だったが、これまでは相撲人気に黄信号がともっていた為、ファンサービスの一環として黙認していたのだろう。しかし、舞鶴巡業で女人禁制が大きな話題になった為、対処を厳格化したのだろう」という見解を示していたが、人気に陰りが出たら有耶無耶にしても問題ない伝統なんて守る必要があるとは到底思えない。もしこの記者の見解が大きく間違っていないなら、相撲協会は女性差別を正当化する為に伝統という概念を都合よく利用しているに過ぎないと言われても仕方ない。というか、海外の大手メディアでは既にそのような指摘がされている。
 
 自分は、土俵上の女人禁制が絶対的に間違っているとまでは思わない。しかし、救命措置を自ら名乗り出て行っている女性に「土俵から下りろ」と言ったり、性別による差が大人程大きくなく、しかも純真無垢な存在である子どもにまでそんなことを言い出すようなら、誰もが納得できるそのしきたりが必要な、明確な理由やそのようなしきたりが出来た経緯の説明があって然るべきだ。少なくとも、チコちゃんに叱られるで取り上げられた胴上げの意味合い程度には。
 それが出来ないようであれば、日本の国技だなんて恥ずかしくて言えないし、税制上の優遇措置を受ける”公益”財団法人であることも納得できない。視聴者が納める視聴料で成り立っているNHKで放送する必要もない、というか寧ろそんな恥ずかしい競技だか神事だかを放送して欲しくない。今後は格闘技の一団体としてなのか、宗教的な団体なのかはどうでも良いが、私企業とか同好会のような組織としてどうぞ勝手にやってほしい。
 
 相撲協会の女人禁制感といい、現政権の行政上の不祥事に対する保身目当てが見え見えの言い訳がましい対応といい、こんな大人ばかりじゃ、大人が「最近の若いもんは」とか「だからゆとりは」なんて間違っても言えないと自分には思える。

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