スキップしてメイン コンテンツに移動
 

興が醒める


 「興が醒める/興ざめする」という表現がある。Yahoo!辞書/コトバンク/大辞林の「興が醒める」の項目によると、

 今まで抱いていた興味や愉快な雰囲気が失われる。興がそがれる。 「彼の一言で座の-・めた」

という説明がされている。また、「興(きょう)」は

  1. おもしろいこと。おもしろみ。「興をそぐ話題」「興が尽きない」「興を添える」
  2. その場のたわむれ。座興。「一夜の興」

ということを示す文字または言葉だそう。興(きょう)と言うと、現在では少し気取った感じもする表現だが、何かを楽しむことを「○○に興じる」と表現することはそれ程珍しくもない。また、例えば「興奮」の興も同じ意味だし、映画などの「興行収入」、お笑いや芸能の会社「吉本興業」の興も同じ様に「おもしろいこと」という意味だ。


 東洋タイヤがテレビで放映しているブランドCMを少し前にリニューアルした。これまではスポンサーになっているイタリア・セリエAのチーム・ACミランとガンバ大阪の選手らが大阪の街を舞台にサッカーを繰り広げ、更にサッカーマンガの金字塔・キャプテン翼の高橋陽一さんが書いたキャラクター達のアニメまで加えられるという、サッカー要素全開の内容だった。新バージョンは、タイヤメーカーらしく自動車が前面に押し出された内容で、見どころは、ラリークロス/ドリフトドライバー・ケンブロックさんと、ラリーレイド競技などで活躍するドライバー・BJボールドウィンさんの走行シーンだろう。



 このCMをテレビで見た際に頭に浮かんだのが「興が醒める」という言葉だった。というか「興醒めさせられた」と言った方が正確かもしれない。その理由は次のカットにある。


 果たして、この「安全に配慮し、許諾を得て撮影しています。」という端書は何のために必要なのだろうか。まず、このカットの映像は、昨年東洋タイヤのYoutubeチャンネルで公開された、「Ken Block’s Climbkhana」というタイトルのムービーの一部で、撮影場所は毎年アメリカ独立記念日前後に行われる、今年はまさにこの週末に行われているパイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムが行われるコースで撮影された映像だ。
 「揚げ足取りだ」とも言われそうだが、ハッキリ言ってこのコースでの撮影は安全に配慮など出来ないとも言えるのではないか?と自分は思う。ところどころ急斜面の縁にガードレールもなく道路がある場所があり、ヒルクライムレースではしばしばクルマが飛び出して転げ落ちる。レースカーはロールケージを装備しており、ドライバーが死に至るような事故が起きる確率は低いが、ライダーがむき出しのバイクやATVではそうもいかない。万が一の為に救護用のヘリなどが用意されていれば、相応に「安全に配慮している」と言えるかもしれないが、そもそも決して絶対的な安全が確保されるような場所ではない。
 しかし、そのような場所で撮影された映像だからこそ、見る人の感情に訴える映像になっているという側面もある。勿論自分は「絶対的に安全が確保されなければ撮影を行うべきでない」なんて言いたいわけではなく、「なぜこんな分かり切ったことをわざわざ端書する必要があるのか疑問だ」と言いたいのである。

 と書いたが、このような端書がされる理由については、ある程度予想がついている。このCMを見て、例えば調子に乗ったYoutuberなどが「東洋タイヤのCMと同じように走ってみた」などと、法規制を無視してCMを真似るなどされた際に、ブランドイメージが棄損されることを最小限に食い止める為の予防措置、言わば保険のようなものだろう。ただ、このような表現はCMに限らず、映画やドラマでも用いられる。しかし映画やドラマなどで、そのシーンの端っこにわざわざ「安全に配慮し、許諾を得て撮影しています。」なんて書かない。というかそんなことを書かれたらそれこそ「興醒め」だ。なのに何故CMやバラエティ番組だと「安全に配慮し、許諾を得て撮影しています。」と書く必要があるのか不思議でならない。

 前述した東洋タイヤの前ブランドCMもとりあえず見て欲しい。



こちらのCMでは、大阪の街中でサッカーをするカットが複数ある。もし実際にこのCMを真似て街中でサッカーをする者が現れたら、山道でのスタント的な走行を真似られるよりも確実に迷惑の掛かる行為になるだろう。しかしこちらには「安全に配慮し、許諾を得て撮影しています。」という端書はない。「スタント的な走行は死亡事故に至る恐れもあるが、街中サッカーではその恐れが低い」と言う人もいそうだが、万が一ボールが車道に飛び出し、若しくはボールが当たった拍子に当たった人が車道に飛び出したりしたら、死亡を伴う交通事故に発展しかねないだろう。比較的交通量の少ない山道でのスタント走行で死亡する確率と、人混みの中でサッカーをして不慮の事故が起きる確率にはそんなに大きな差があるとは、自分には思えない。
 こちらのCMに「安全に配慮し、許諾を得て撮影しています。」という端書が必要ないなら、新CMも必要ないのではないだろうか。

 余談だが、東洋タイヤは同じCMの英語版も公開しているが、 そちらには端書はない。ただ、海外ではその手の端書が全くないということはなく、「安全に配慮し、許諾を得て撮影しています。」と似たような端書のあるCMは日本と同様にある。むしろアメリカ・イギリスなどの方が日本より多いかもしれない。

 昨今、テレビはネット動画などに押されて縮小傾向だという話をよく耳にする。以前にも書いたことがあるが、必要があるとは思えない、そして文法的におかしい表現が蔓延するテロップ、過剰な量の番組名などのウォーターマーク、スポンサーとの兼ね合いなのか、ロケ映像などを中心に見られる多量のボカシ処理など、全てが全て「興醒め」に該当するとは言えないかもしれないが、それらの内の少なくない部分は確実に視聴者の「興」を醒めさせている。番組制作者もスポンサーも見て欲しくて番組・CMを作っているのに、わざわざ視聴者を「興醒め」させ、視聴のモチベーションを削ぐようでは矛盾しているように思える。
 ネットはまだまだ発展途上で、過激な表現について緩すぎる側面が確実にある。しかし、テレビは逆に過敏になり過ぎている部分が少なくない。テレビとネットの立場が完全に逆転したら、そのような傾向もまた逆転するのかもしれないが、そんなことが起きなくてもネット/テレビともにバランスを保つことは出来ないものだろうか。

このブログの人気の投稿

フランス人権宣言から230年、未だに続く搾取

 これは「 Karikatur Das Verhältnis Arbeiter Unternehmer 」、1896年ドイツの、 資本家が労働者を搾取する様子を描いた風刺画 である。労働者から搾り取った金を貯める容器には、Sammel becken des Kapitalismus / 資本主義の収集用盆 と書かれている。1700年代後半に英国で産業革命が起こり、それ以降労働者は低賃金/長時間労働を強いられることになる。1890年代は8時間労働制を求める動きが欧米で活発だった頃だ。因みに日本で初めて8時間労働制が導入されたのは1919年のことである( 八時間労働制 - Wikipedia )。

毎日新聞・田辺佑介が書いたコピぺ記事

 今年は11月下旬なのに、まだまだ暖かいどころか暑い日がある。小春日和とは秋の終わりから冬の始めの、春?と錯覚っさせるような晴天の温かい日を指す表現だが、今年のそれは小春日和ではなく小夏日和の様相だ。それでも北の地域では既に朝夕は季節相応に冷え込むようで、そろそろ日本の冬の風物詩・こたつの季節になってきているのも事実である。

マンガの中より酷い現実

 ヤングマガジンは、世界的にも人気が高く、2000年代以降確立したドリフト文化の形成に大きく寄与した頭文字Dや、湾岸ミッドナイト、シャコタンブギなど、自動車をテーマにしたマンガを多く輩出してきた。2017年からは、頭文字Dの続編とも言うべき作品・MFゴーストを連載している( MFゴースト - Wikipedia )。

中野ブロードウェイ・アダルト店ゾーニング問題に関する考察

 しばしば問題化する アダルトコンテンツのゾーニング 。何が良くて何が悪いかを判断するのはそう簡単ではない。それぞれのケースによって、またそれを見る側の立場によっても、判断は分かれるだろう。

レッテル

 「レッテルを貼る」と言う表現がある。レッテルとはオランダ語で、英語で言えばラベルのことだ。ある人・物・事象などに本質・実態を的確に表しているとはいえないラベルを貼る、言い換えれば、勝手に決め付けた悪いイメージで扱うことを表現するときに使う言葉だ。例えば一部の反原発派の人が、原子力発電=完全な悪 と考えてしまうことなどがそれにあたるだろう。避難児童に対するいじめも、福島県民=被爆者 というようなレッテル貼りが意識の根底にあるから起こるのだと思う。他にも話題になっている森友学園・塚本幼稚園の運動会の宣誓で「日本を悪者として扱っている中国・韓国」と園児に言わせていたのも、中国・韓国=国民全てが反日 のような雑な中国・韓国感があるとしか思えない。勝手に大きなカテゴライズでそれらのイメージを語ることは説明として分かりやすく、語っている側も聞いている側も深く考える必要がないので楽なのだろうが、その分大きな間違いを起こす恐れも強く、危険な側面もあることを想像する必要がある。