6/25、アメリカの有力バイクブランド・ハーレーダビッドソンはEU向けの生産を米国外に移すことを発表した。朝日新聞の記事「ハーレー、米国外に生産移管へ 高関税に「我慢できず」」によれば、トランプ政権が鉄鋼関連製品に高い関税をかけることに対して、EU側がアメリカ製バイクの関税を6%から31%に引き上げると発表したことが、生産を米国外に移す要因だそうだ。記事では
(トランプ政権の)国内雇用の維持をうたう保護主義的政策が、皮肉にも生産の海外流出を招くことになった。
と、この件を評している。朝日新聞以外の報道機関も揃って同じような論調で、自分が知る限り他の評価の記事・報道は全く見られない。
また、他の新聞社・通信社などの記事でも、EU側の米国製バイクに対する関税引き上げを直接の理由に挙げている。トランプ政権の鉄鋼関連輸入製品の関税引き上げについては、その遠因として触れるに留まる記事が殆どだ。それはハーレーダビッドソンが生産移管の理由は、EU側の米国製バイクに対する関税引き上げだとコメントしたからだろう。
しかし個人的にはトランプ政権の鉄鋼関連輸入製品の関税引き上げも、決して遠因などでなく、これもハーレーダビッドソンが生産移管を決断した直接的な要因の一つだと考える。ハーレーダビッドソンがアメリカ国内製の鉄鋼関連製品を原材料として仕入れているのか、輸入製品に頼っているのか、調べていないので詳しくは分からない。しかし、全てアメリカ国内製の鉄・アルミで賄っているとは考えにくい。関税率が引き上げられる鉄鋼製品を原材料として使っているその割合にもよるが、関税率の引き上げは価格に少なからず転嫁されるだろうから、それは確実に生産コスト増につながる。その上輸出先のEUで製品(バイク)に高関税がかけられたら、二重の意味で損をすることになる。そんな観点で考えても、EU向けの生産をアメリカ国外に移すという判断に至るのは、至極自然なことだろう。
ロイターの記事「米大統領、ハーレーに「高い税金課す」と警告 生産の国外移転で」によるとトランプ氏は、
ハーレー・ダビッドソンのバイクは絶対に米国外で製造すべきではない!社員や顧客はすでに怒り心頭だ。生産を米国外に移転するのであれば、見ているがよい。終焉の始まりとなり、ハーレーは降伏し、終わりを迎える!オーラを失い、かつてない重税を課されることになる!
高額の税金を払うことなく、米国で販売することはできなくなることをよく覚えておくべきだ!
などと、怒りをあらわにしたツイートをしているそうだ。顧客は確実に怒り心頭ではないだろう。EU向けの生産が国外に移管されるだけで、米国内の顧客に影響はほぼない。結果的に米国内での雇用は減るかもしれないから、社員は怒り心頭かもしれないが、怒りの矛先はハーレーダビッドソンではなくトランプ氏である可能性も充分にある。彼は社員や顧客の怒りを勝手に代弁しているが、最も怒り心頭なのはトランプ氏自身であることが、このツイートからよく分かる。「終焉の始まりとなり、降伏し、終わりを迎える!オーラを失い」云々などと、高圧的な言葉を並べているようだが、個人的には、トランプ氏自身の行く末を示唆しているようにも見えてしまう。
自動車メーカーは現在は世界各地に製造拠点を持っている。それには、労働力に支払うコストが安く済む国で生産を行うという側面もあるが、例えば日本の自動車メーカーが北米に工場を作っても労働コストの大幅な削減にはならない。にもかかわらず日本のメーカーは米国内に生産拠点を構えている。何故なら、原材料・製品の輸送コストの削減という、労働力コスト削減以外にも現地生産のメリットがあるからだ。勿論日本の自動車企業がアメリカで現地生産に乗り出したきっかけは、80年代までの日米貿易摩擦だったことは確かだが、いくらきっかけがあっても、利潤を追求する企業が全くメリットもなく米国に進出するはずがない。
そのような認識を持っていたら、企業に高圧的に「米国内で生産しろ!海外生産など許さない!」などと接しても、企業が「恐れ入りました」となるようなことはないと思えるだろうのだろうが、どうやらトランプ氏にはそのような認識がないようだ。自国に産業を呼び込み雇用を増やしたいなら、恫喝するのではなく企業が米国内に進出、若しくは回帰したくなるようなメリットを用意しなければならない。勿論トランプ政権が法人税率引き下げというメリットを用意していることは知っている。しかし、それを相殺してしまうようなデメリットを生み出し、更に恫喝まがいの態度を示すようでは台無しである。トランプ氏は長期的な視野で物事を見ておらず、行き当たりばったりでその場しのぎの判断しか出来ないのに、高圧的な態度でそれを一生懸命隠そうとしているのではないだろうか。
ホワイトハウスのトランプ氏の側近たちの中に、彼にイソップ童話の「太陽と北風」を読んだ方がいいと勧める者は誰もいないのだろうか。個人的には、トランプ氏の態度は北朝鮮当局や将軍様のそれと殆ど変わらないように見える。彼自身は駆け引きだと思っているのかもしれないが、言っている事がその場その場でコロコロ変わってしまうトランプ氏には、太陽と北風以外にも「狼と羊飼い」、所謂オオカミ少年の話も是非読んで欲しい。