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「正確な表現ならば問題ない」とは言いきれない


 「山口県・周防大島で、8/12から行方不明になっていた2歳の男の子が見つかった」という速報が、7時台の朝のニュースの中で伝えられていた。どのチャンネルを見ても「とりあえず見つかってよかった」という方向性ではあったが、一部で「発見時には成人男性と一緒だった」という事を伝える番組もあった。ネットで検索すると共同通信の記事「発見時は成人男性と一緒」がヒットしたので、恐らくこの記事の配信、若しくはこれと同じことを情報源に報じていたのだろう。この記事はとても短く、
 山口県警によると、藤本理稀ちゃん(2)は、帰省先の曽祖父宅付近で発見された。発見時には成人男性と一緒だった。男性は近隣の住民ではないとみられるという。
とだけ書かれている。個人的には、こんな不確かな事を急いで伝える必要があるのかと、とても疑問に思う。疑問と言うか、強い違和感と言った方が正しいかもしれない。


 昼のニュースでは、 男の子が見つかった時の状況を
 ボランティアで捜索に加わっていた大分県の70代の男性が、理稀ちゃんの名前を連呼しながら山中を分け入っていくと「ぼく、ここー」と返事があった。理稀ちゃんは沢の近くでしゃがんでいた
 となどと伝えていた(引用は朝日新聞の記事「理稀ちゃん発見時の姿 ボランティアに「ぼく、ここー」」より)。共同通信の記事で触れられていた近隣住民でない成人男性とは、男の子を発見した大分県の70代の男性のことなのか、それとも大分県の男性が男の子を発見した時に他の成人男性と一緒だったのか、厳密には分からない。しかし昼のニュースなどでは前述のように伝えられており、男の子発見の第1報から約4時間も経った後に報じられていることを考慮すれば、もし後者なのだとしたら、その旨報じられているだろうし、もしその男性が現場から立ち去った、若しくは逃げたのだとしたら、男の子が誘拐されていた恐れについても報じられているだろうから、共同通信が報じた成人男性とは、十中八九男の子を発見したボランティアの男性のことだろう、と推測することが出来る。

 このように、人は記事を読む際・報道を見る際には、書かれていることや、それ以前に報道されていることなどから、書かれていないことも推測して読む・見る・受け止めるのが普通だ。だから自分は冒頭で紹介した共同通信の記事に強い違和感を感じる。
 共同通信の記事には「発見時には成人男性と一緒だった。男性は近隣の住民ではないとみられる」としか書かれておらず、この男性が男の子を連れまわしていたとは書いてはいないものの、この表現を見れば、成人男性が男の子を連れまわしていたから、およそ3日間も男の子が見つからなかったと推測する人も決して少なくないのではないだろうか。自分の頭にも、そのような事を示唆しているのかもしれない、という考えがよぎった。実際どうなのかは分からないが、昼以降の報道を勘案して、ボランティアで男の子を見つけたという男性が、実は連れまわしていたと推測する人もいるかもしれない。
 
 共同通信や記事を書いた記者は、確証がないことをには触れておらず、決して間違ったことは書いていない。そのような意味では表現の正確性に配慮しているように思う。しかし、逆に言えば、書かれていないことの判断を読み手に委ねているとも言える。3日間男の子が見つからなかったという事を考慮した上でこの記事を読めば、前述したようにその男性が誘拐犯である恐れを推測するのはとても自然だろう。
 この件に関しては行方不明だったのが2歳の男の子だったこともあり、まだまだ事の顛末がどんなだったのか、その詳細は定かでない。その状況で、発見した男性が誘拐犯であることを示唆しているようにも見える表現の記事を配信することは、場合によっては不要な濡れ衣を男性に着せることにもなりかねない。共同通信があのような記事を報じるなら、記事の中に出てきた成人男性が不審者なのか、そうではない可能性の方が高いのかに触れた上で記事化するべきだったのではないだろうか。
 共同通信の記事の表現は正確性に配慮してはいる。しかし表現には配慮しているものの、その表現が与える影響には配慮が足りなかったのではないだろうか

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