誰もが知っているように8/15は日本では「終戦記念日」とされており、戦没者追悼集会が毎年開かれる。8/15が何故「終戦」の日なのかと言えば、ポツダム宣言の受諾が公表され、要するに日本の無条件降伏が公表され、天皇陛下による玉音放送が行われ、軍に降伏命令が出されたからだ。しかし国際的には、太平洋戦争の終戦は、東京湾上の米艦ミズーリで降伏文書への調印が行われた9/2とされることが多い。
また、昨今「終戦」ではなく「敗戦」ではないのか?という疑問も呈されているが、個人的には、多くの国民にとっては勝った負けたよりも、ストレスの元凶だった戦争がやっと「終わった」という感覚が強かったのかもしれない、とも想像する為、「終戦」でもよいのではないか?と考える。ただ対外的には「終戦”記念日”」では、日本が主体的に戦争を終わらせた、と言っているように聞こえるかもしれず、ネガティブな側面から目を背けているようにも見えるだろう。実際に「敗戦」から目を背けて過去の戦争を美化する者がいることも事実だ。
8/15、というか、広島への原爆投下があった8/6から8/15へかけての約1週間、場合によってはその前後も含めて、テレビ・新聞に限らずネットメディアなどでも、太平洋戦争や戦争に至った経緯などに関するコンテンツが多くなる。このような傾向は、過去の戦争を教訓として風化させない為にとても重要なことだと思う。ただ、離島・植民地地域以外で唯一の陸上戦だった、沖縄戦の組織的戦闘が終結した日・6/23(慰霊の日)は、何故かこの期間程注目されておらず、そんなところにも本土の沖縄軽視があるように思う。広島の原爆の犠牲者はおよそ14万人、長崎はおよそ7万5000人、沖縄戦の犠牲者はおよそ19万人と言われている。原爆という非人道的な兵器が用いられたことに注目が集まるのは分かるが、沖縄戦だって死者の大半は非戦闘員・要するに市民であり、沖縄だけでなく日本全体の注目がもっと集まっても良いのではないだろうか。
昨日・8/15にメディアが取り上げた太平洋戦争関連のコンテンツの中に、自分はいくつかの共通性を感じた。自分が共通性を感じたのは
- 陸軍文書、焼かれたはずが 天皇印や「原子爆弾」の記載(朝日新聞)
- 30代は開戦前に「敗戦」を予測 歴史に埋もれた「総力戦研究所」から学ぶこと《終戦の日》(ハフポスト)
- NHKスペシャル「ノモンハン 責任なき戦い」(NHK)
1つめの朝日新聞の記事は、1945年8/15の終戦前後、植民地も含めた日本の各地で大量の公文書が燃やされた。という話だ。2つめのハフポストの記事は、首相直属の機関・総力戦研究所が、開戦前に「太平洋戦争には勝てない」というシミュレーションを示したにもかかわらず黙殺された。その結果開戦に向かったという話である。最後のNHKの番組は、1939年、当時の満州国とモンゴル国境で起こった日ソ国境紛争が、どのようにして引き起こされたかを掘り下げる内容だった。満州を実質的に支配していた大陸に展開していた日本陸軍・関東軍の縁故主義・現場を顧みないだけでなく責任すらとらない首脳部などが取り上げられていた。
自分がこれらから感じたのは、戦後73年も経っているのに、日本政府、そして企業なども進歩が殆どみられない、進歩しているとしても、その程度は到底73年という期間に見合わないという感覚だった。各省庁で頻発している公文書の隠蔽・捏造・改ざん、様々な企業で発覚した粉飾決算やデータ改ざんの常態化などは、朝日新聞が取り上げた記事と重なる点が多い。また、森友加計問題に関して整合性を欠く説明に終始する政府関係者や、虚偽答弁さえ厭わない官僚、その責任をとろうとしない大臣らや、レスリング協会や日大アメフト部・ボクシング協会など、謝罪をしないどころか、開き直って責任をとろうとしない指導者たち、これは「ノモンハン 責任なき戦い」で指摘された軍首脳らと重なる。最後に、原発事故への政府や電力会社への対応・災害への対応は、ハフポストの記事が取り上げた、シミュレーションを無視して開戦に至った当時の政府と重なるし、自民党の船田元・憲法改正推進本部長代行が、オリンピックの暑さ対策として検討されているサマータイムに関して、ITシステムの改修は「律儀で真面目な国民ならば十分乗り切れるはずだ」、睡眠不足は「むしろ個人の心構えにより、多くは解消されるはずだ」などと精神論丸出しの見解を示したこととも重なる。太平洋戦争開戦という間違った判断の背景に精神論という馬鹿げた発想があったという教訓を忘れず、自民党が精神論丸出しの改憲案に至らないことを願う。
前段で「日本は戦後73年間進歩がない」というようなことを書いたが、実は違うのかもしれない。GHQやアメリカからの影響はあったにせよ、太平洋戦争を教訓にそれまでの大日本帝国憲法を改め、日本国憲法を制定したし、自分が知る限りでは、戦前の理不尽なことが多かった社会状況は、戦後もある面では続いたようだが、それでも時間の経過と共に、個人の自由が尊重される社会に向かって変わったと感じる。ただ、1990年代までは下火だった戦前社会を崇拝するような機運が、2000年代中期以降、一部で盛り上がっているような気がしてならない。ということは、一度は日本の社会は年月相応に進歩したのに、戦争から時が経つにつれて、当時を知る者が減るにつれて教訓を忘れ、退化し始めているのかもしれないとも思う。
進歩していないにせよ、進歩はしたが退化に転じたにせよ、結局はそれでは明るい将来など望めないことには違いない。前段の話だと「政府が悪い、企業が悪い」と言っているように聞こえるかもしれないが、その政府を、間接的にかもしれないが、選んだのは自分を含む国民だし、彼らを続けさせているのも国民だ。また、企業だって、その企業に所属する国民がいて初めて成り立つ存在であり、「政府が悪い、企業が悪い」で片付く話ではない。言い換えれば「政府が悪い、企業が悪い」ということは「国民にも責任の一旦がある」という事でもある。進歩していない、若しくは退化しているのは私たちも同様なのかもしれない。