スキップしてメイン コンテンツに移動
 

原発問題軽視の度が過ぎる


 「アンダーコントロール」。2013年に安倍首相が東京オリンピック招致の為の演説の中で用いた表現だ。何がアンダーコントロール・制御下にあると言っていたのか、それは「福島」、要するに原発事故を起こした福島第1原発のことだ。しかし、当時は汚染された地下水が山側から海側へ流れ出ること自体の解決にすら至っていなかった。自分はこの演説に強烈な嫌悪を感じたことを今でも鮮明に覚えている。
 この時の演説の映像・和訳を首相官邸のサイトも掲載している。その和訳ではアンダーコントロールを「統御されています」と訳している。演説を厳密に確認すると、彼は福島と言っているだけで原発とは一言も言っておらず、「福島第1原発が統御されていることを保証する」とは言っていない、というつもりなのかもしれない。しかし誰がどう考えても世界中の誰もが、は言い過ぎだとしても、日本人と、日本人以外でも東日本大震災・福島の原発事故に少しでも興味のある人は、この演説を聞いて、安倍氏が「福島」と言ったのは「福島第1原発」を示唆していると十中八九解釈したはずだ。前述のような言い分に全く整合性がないとは言わないが、そのような主張をすれば、彼はたちまちその他の発言も含めて信頼性を失うことになるだろう。ただ、昨年来の彼のさまざまな言動を見ていて、個人的には既に彼の言動に信頼感など微塵も感じていない。

 原発事故も発生から既に7年が経過しており、月日が経てばある程度は仕方のないことだが、人々の関心が徐々に薄れ始めているように思う。しかし、未だに事故の影響で自分の住んでいた家に帰れない人は大勢いる。廃炉作業の見通しすら不透明だし、前述の汚染水の問題も全く解決には至っていない。汚染水に関しては地下水が汚染され続ける為、その量は日ごとに増え続け、現在福島第1原発の周辺は汚染水の貯蔵タンクだらけになっている。以前から話題にはなっていたが、この増え続ける汚染水の処理に関して、政府は汚染水に含まれるトリチウムは環境に与える影響が低いとして海洋放出の検討と始めたと、先月報道があった(日経新聞「福島第1原発のトリチウム水、処分を議論 海洋放出軸に」など)。自分はこの時、増え続ける汚染水の処分方法が決まっていないのに、一体何が「アンダーコントロール」なのかと再確認させられた。

 しかし、更に深刻な報道が8/19にあり、東京新聞「基準値超の放射性物質検出、福島 トリチウム以外、長寿命も」によると、海洋放出が検討されている汚染水には、トリチウム以外にも基準値以上の放射性物質が含まれているという測定結果が出たそうだ。中日新聞「長寿命の放射性物質が残留 福島第一の浄化水」によると、汚染水に含まれていたヨウ素129という物質については、基準値濃度が9ベクレルのところ62.2ベクレルの濃度が検出されたそうで、この物質の半減期(放射性物質が放射線を放出し続ける期間)はおよそ1570万年なのだそうだ。要するに、海洋放出を行えば環境に深刻な影響を与えかねないということだろう。
 こんなことが今まで判明していなかったというのもとても不自然だし、そんな汚染水の海洋放出を検討したことにすら違和感を感じるが、百歩譲って実際に放出し始める前に危険性が判明したのは検討の結果だということにする。しかし、危険性が判明していなかったということは、確実に「アンダーコントロール」な状況なんて言えない。しかも彼がアンダーコントロールと言ったのは5年も前だ。演説から5年経っても「アンダーコントロール」な状況に至っていないのに、彼は一体何を根拠に「アンダーコントロールと保証する」なんて言っていたのだろうか。これは明らかな嘘ではないのか。

 自分は現政府の原発政策は当然のこと、嘘をついて招致したオリンピックにも全然共感が持てない。昨今オリンピックは開会まで紆余曲折あるのが常になっているが、それを考慮しても、東京オリンピックの行き当たりばったり感は相当強い。一体誰が何のためにオリンピックを行うのだろう。7/23の投稿で取り上げた、杉田議員の性的少数者への差別発言の件で、彼女は当該コラムの見出しを「LGBT支援の度が過ぎる」などとしたが、そんなバカげた見出し・内容でコラムを書く前に、現政権は「オリンピックの政治利用の度が過ぎる」「原発問題軽視の度が過ぎる」と指摘するべきではないだろうか。

このブログの人気の投稿

同じ規格品で構成されたシステムはどこかに致命的な欠陥を持つことになる

 攻殻機動隊、特に押井 守監督の映画2本が好きで、これまでにも何度かこのブログでは台詞などを引用したり紹介したりしている( 攻殻機動隊 - 独見と偏談 )。今日触れるのはトップ画像の通り、「 戦闘単位としてどんなに優秀でも同じ規格品で構成されたシステムはどこかに致命的な欠陥を持つことになるわ。組織も人も特殊化の果てにあるものは緩やかな死 」という台詞だ。

あんたは市長になるよ

 うんざりすることがあまりにも多い時、面白い映画は気分転換のよいきっかけになる。先週はあまりにもがっかりさせられることばかりだったので、昨日は事前に食料を買い込んで家に籠って映画に浸ることにした。マンガを全巻一気読みするように バックトゥザフューチャー3作を続けて鑑賞 した。

馬鹿に鋏は持たせるな

 日本語には「馬鹿と鋏は使いよう」という慣用表現がある。 その意味は、  切れない鋏でも、使い方によっては切れるように、愚かな者でも、仕事の与え方によっては役に立つ( コトバンク/大辞林 ) で、言い換えれば、能力のある人は、一見利用価値がないと切り捨てた方が良さそうなものや人でも上手く使いこなす、のようなニュアンスだ。「馬鹿と鋏は使いよう」ほど流通している表現ではないが、似たような慣用表現に「 馬鹿に鋏は持たせるな 」がある。これは「気違いに刃物」( コトバンク/大辞林 :非常に危険なことのたとえ)と同義なのだが、昨今「気違い」は差別表現に当たると指摘されることが多く、それを避ける為に「馬鹿と鋏は使いよう」をもじって使われ始めたのではないか?、と個人的に想像している。あくまで個人的な推測であって、その発祥等の詳細は分からない。

マンガの中より酷い現実

 ヤングマガジンは、世界的にも人気が高く、2000年代以降確立したドリフト文化の形成に大きく寄与した頭文字Dや、湾岸ミッドナイト、シャコタンブギなど、自動車をテーマにしたマンガを多く輩出してきた。2017年からは、頭文字Dの続編とも言うべき作品・MFゴーストを連載している( MFゴースト - Wikipedia )。

話が違うじゃないか

 西麻布に Space Lab Yellow というナイトクラブがあった。 一昨日の投稿 でも触れたように、日本のダンスミュージックシーン、特にテクノやハウス界隈では、間違いなく最も重要なクラブの一つである。自分が初めて遊びに行ったクラブもこのイエローで、多分六本木/西麻布界隈に足を踏み入れたのもそれが初めてだったと思う。