「先進国」という言葉がある。Wikipediaによるとその定義にはいくつかあるようだが、多くの日本語話者が、先進国という言葉から連想するのは、経済的な豊かさを有する民主的で平等な成熟した社会を実現している国、だろう。先進国の対になる表現に「後進国」という表現がある。自分は必ずしもそうは思わないが、一部でこの表現は差別的とか蔑視に基づいた表現と認識する人もいるようだ。類義語に発展途上国・開発途上国などの表現もあるが、それらも後進国同様悪いイメージを連想する人がいるようで、少しニュアンスは異なるというのが実情なのだろうが、最近は比較的ポジティブな表現「新興国」が用いられる場面も多い。
しかし、この投稿では先進国の対義語として「後進国」という表現を敢えて用いることにする。多くの日本語話者が、後進国という表現から連想するのは、経済的に豊かとは言えない、若しくは民主的で平等な状況が実現していない未成熟な社会情勢の国、だろうと推測する。
ハフポストは9/4、「「集団レイプされ、逆卍のタトゥーを入れられた」17歳少女の証言がモロッコを震撼させている」という記事を掲載していた。「逆卍ってなんだよ、鉤十字って何故か書かないの?」とツッコミたい気持ちになるが、とりあえずそれはこの投稿で言いたい事とは別なので無視する。
ある少女が誘拐され集団レイプされ、挙句の果て無理矢理刺青まで入れられた、というモロッコでの事件についての記事だ。この件がモロッコで報じられると、「女性に対する暴力を止めさせよう」という動きが広まったことが紹介されているのと同時に、容疑者男性の親族などから、被害者は「盛り場をフラフラして、男に酒やタバコ、クスリをせびるような女だ。それに、無実の人たちを糺弾しようとしている」などの主張がされていることを例にあげ、モロッコのような保守的な国では、レイプの被害者・暴力を受けた女性側が攻撃されがちだとも紹介している。
同じような事案がイスラム圏や南アジアやアフリカ等の国で起きていると、しばしば報じられる。そんな報道を目にすると、多くの日本語話者は「暴力を受けた女性が非難されるような国は、社会が成熟していない後進国」なのだろうと考えるだろう。しかし思い出して欲しい。日本でも痴漢被害を訴えた女性に対して「ターゲットにされるような恰好をしている方も悪い」なんて馬鹿げた批判が向けられることはある。また記憶に新しいのは、福田 前財務事務次官のテレビ朝日女性記者に対するセクハラ発言が発覚した時のことで、「夜中に呼び出されてのこのこと応じるのだから、セクハラ発言を受けても仕方ない」なんて主張をしばしば見かけたし、国の副首相が「(女性記者に)はめられたという可能性は否定できない」なんて言ってしまうのが日本の現状だ。日本人の多くは自国の事を「経済的に成熟した先進国」と信じて疑わないだろうが、日本は、副首相がセクハラ・パワハラを受けた側を適切な根拠もなく揶揄するような国なのに、果たして先進国と言えるだろうか。
BuzzFeed Japanは9/7、「差別を正当化するフェイクニュース その影響はFacebookだけでなく書籍にも」という見出しで、ミャンマーでロヒンギャ迫害に関して、明らかに事実ではない所謂フェイクニュースがSNS上等で広がり、更には出版物にまでそれが及んでいるということを紹介する内容だ。そのようなことが起きるのは、一部の人間がロヒンギャ迫害・虐殺を正当化したいからなのだろう。
前段の話同様このような記事を読むと、多くの日本語話者は「ミャンマーは社会的に未成熟な後進国」のようなイメージを連想するだろう。しかしよく考えて欲しい。日本ではつい先日・北海道で大きな地震が起きた。災害が起きる度に、
北海道皆さん、女の子を一人にしないで、女性も一人にならないで。日本人以外の人が狙ってます。強姦に気を付けて。そして一人住まいの女性は気を付けて。近くに日本人以外の人が狙ってます。特につり目— みゆき (@vRVyo3jcV5xwhJC) 2018年9月5日
この手の外国人、特に中国・韓国系の外国人が犯罪を起こすというような偏見がSNSへ投稿される。そしてこの手の民族蔑視的な主張は災害時に限らず、しばしば主にネットへ投稿されるし、最近はやや下火にはなっているものの、ヘイトデモのような形で実社会にも表れる。また、そのような主張はネットやデモだけに留まらず、その手の嫌韓・嫌中本が本屋の店頭で平積みにされている。そんな光景は決して珍しいことではない。
確かに、現在の日本ではミャンマーのように虐殺なんて最悪の状況にはならない。しかし、関東大震災の後には同じような主張を信じた者によって虐殺事件が起きている。にも拘わらず同じような主張が繰り返されているのだから、日本とミャンマーの社会はそれ程大きく違わないのかもしれないと言えるのではないだろうか。日本人の多くは自国の事を「経済的に成熟した先進国」と信じて疑わないだろうが、偏見が公然と表明され、国籍出自等による差別がまだまだ根強く残る日本は本当に先進国と言えるのだろうか。
更に、BuzzFeed Japanは「「言論の自由は死んだ」政府をおそれ、ネット上の投稿を削除する学生たち」という見出しで、バングラディシュで言論・表現の自由が制限され、政府への批判をする者が弾圧されている現状を伝えている。
このような記事を見れば、多くの日本語話者は「バングラディシュは社会的に未成熟な後進国」のようなイメージを連想するだろう。しかしよく考えて欲しい。日本では「正直、公正」というスローガンを掲げて総裁選、実質的な総理大臣選への出馬を表明した石破氏に対して、一部の自民党議員が「個人攻撃は好ましくない」という見解を示してる。「正直、公正」というスローガンを掲げること=権力者(現首相)への個人攻撃、なんて見解を政治家が示すような国で、今後思想信条の自由、言論・表現の自由が果たして保証されるだろうか。そんな状況で果たして日本は先進国と胸を張れるだろうか。
多くの日本人は自国のことを「経済的に成熟した先進国」と信じて疑わない。確かに経済的には世界屈指の先進国であることは、少なくとも現在は間違いない。しかし、このようなことから考えると、社会が成熟しているとは決して言えない。要するに先進国だなんてとてもじゃないが胸を張れるような状況ではない。現在、経済的には他国に対する優位性をまだまだ保持しているが、そのような社会の状況に足を引っ張られれば、今後もその優位性を保てるとは限らない。現状日本は社会的には決して先進国ではないし、将来的には経済的にも社会的にも旧態依然の後進国になってしまうかもしれない。