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ありえない判断


 韓国最高裁は、植民地時代に徴用工として日本の製鉄所で労働を強いられたという韓国人4人が新日鉄住金を相手取り損害賠償を求めた訴訟に関して、新日鉄住金に賠償を命じる判決を下した(ハフポストの記事)。
 日本が1910年に大韓帝国を併合して植民地化し、その後太平洋戦争敗戦までの間、「内鮮一体」「日鮮融和」などと、本土も韓国(朝鮮)も平等という旨のスローガンを掲げる一方で、創氏改名や日本語教育を強制したり、実質的には韓国(朝鮮)に対して差別的、抑圧的な政策を行っていた事、搾取が強く疑われる事案があったことは紛れもない事実だ。余談だが、日本名を名乗らせる創氏改名については強制性はなかったという説もあるが、創氏改名にもし強制性がなく韓国(朝鮮)市民が望んだ政策だったとしても、朝鮮式の名前による差別・偏見等があったことがその要因であった事に違いはなく、結局宗主国日本から植民地・韓国(朝鮮)への差別があったことには違いない。
 このように日本側の韓国(朝鮮)に対する不適切な行為があったのは事実だが、その一方で、1965年に日韓両国の間で結ばれた日韓基本条約の付随協約には日韓請求権並びに経済協力協定があり、その第2条には「両国は請求権問題の完全かつ最終的な解決を認める」とある(Wikipedia)。


 日本はこの協定を結ぶに際して、韓国に対して5億ドル(うち2億ドルは無償供与)の経済協力支援を行った。当時の韓国の国家予算は3億5000万ドルだったそうだ。明文化はされていないが、個人的にはこれが実質的な日本から韓国への賠償金のような性格の資金提供だったのだろうと解釈する。日本ではそのような解釈が一般的だし、日本同様に一般的とまではいかないが、韓国でも政府や裁判所等がそのような解釈を基にした判断をこれまでにいくつか示している。この条文と、同時に行われた経済支援に関する解釈が、徴用工の問題に関してだけでなく、長年懸案になっている従軍慰安婦問題についても、問題がこじれている理由の一つになっている。
 今回の韓国最高裁の判断に対して韓国政府は、一部の韓国国民感情と日本の国民感情の両方に配慮してか、是とも非とも言えないような見解を示すに留めている。もう一方の当事国政府である日本政府、というか安倍首相は、読売新聞の記事「首相「あり得ない判断、毅然と対応」…賠償判決」によれば、10/30に官邸で記者団に対して
 元徴用工の請求権について「1965年の日韓請求権・経済協力協定によって完全かつ最終的に解決している」と指摘。その上で「判決は国際法に照らして、ありえない判断だ。日本政府として毅然と対応していく」と強調した。
そうだ。韓国国民の一部が、日本の過去の不適切な行為・政策を理由に、日本に対して悪い印象を持つことは分かるし、日本人誰もがそれを忘れてはいけない。しかし、前述のような協定が結ばれ、それに付随した経済支援協力を韓国政府は得たのだから、慰安婦問題についても徴用工の問題にしても、被害者を主体的に救済する役割を担うべきは韓国政府なのではないだろうか。そんな視点に立てば、安倍首相の言っている事は整合性があり賛同出来る内容だ。


 しかし日本政府は同じく10/30に、沖縄県による辺野古沿岸部の埋め立て承認撤回の効力停止を決めたと発表した。沖縄では、急逝した翁長県知事の次の県知事を決める選挙が9月に行われ、翁長知事の路線を引き継ぎ「辺野古移設反対」を掲げた玉城 デニー氏が、辺野古移設に関しては沈黙を貫き政府与党の支援を受けて立候補した佐喜眞 淳氏に、8万票もの差をつけて当選した。
 玉城知事就任後初の安倍首相との会談の中で安倍首相は
 
 県民の気持ちに寄り添いながら、基地負担軽減に向け一つ一つ着実に結果を出す
と述べていたが、 辺野古移設反対派の知事が、反対しない候補に大差をつけて当選したのに、辺野古移設工事を再開する手続きを進める事の一体どこが「県民の気持ちに寄り添いながら」なのだろうか。自分には、韓国最高裁の判断をありえない判断と言っている首相も、同じ日に沖縄に対してありえない判断を下した、としか思えない。
 これまでにも彼はありえない判断を幾つも示している。例えば、

  • 「消費増税の再延期はない」と言っていたのに「新しい判断」とあっさり覆す
  • 日報隠蔽を防げなかった(意図的に隠した)防衛大臣や、公文書改ざんした官僚を「適材適所だった」と言い張る
  • 「全ての子供を対象に無償化を実現する」と公約を掲げて選挙戦を行ったにもかかわらず、選挙が終わった途端に「全ての子どもが対象」ではない政策の検討をしていると指摘され方針転換を余儀なくされるも、結局「全ての子どもが対象」の案を検討していない
  • FTAをTAGと言い換える
等だ。「真摯に受け止め、丁寧な説明をする」と言ったのにその姿勢を見せない等、些細な事を含めたら枚挙に暇がない。

  ありえない判断をこれまでに下している者、というか現在進行形で下している者が、他国の判断を「ありえない判断」と指摘しても、至極滑稽で説得力が欠けてしまう。日本の現政府のこれまでの「ありえない判断」は、内外政どちらの事案についての判断かにかかわらず当然諸外国へも伝わる。韓国最高裁の判断や韓国政府へ毅然とした対応をするには、安倍首相・現政権では貫目が足りないのではなかろうか。

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