警察庁が電動車椅子の利用に関して、同Webサイトで公開している「「電動車いすの安全利用に関するマニュアル」の安全通行基本編」(該当箇所はP24)の中で、
飲酒等した上での電動車いすの利用は絶対やめること等としていることが話題になっている。特定非営利活動法人DPI(障害者インターナショナル)日本会議は、8/30にこれについての抗議を示していたようだが、きっかけは定かでないが先週頃からにわかに注目を集め始め、11/24の東京新聞、11/30の毎日新聞などメディアも取り上げ始めた。警察庁の公開しているマニュアルの当該ページには、足腰に不安を持つような高齢者が主に利用するシニアカーに、酔っぱらった状態で乗る男性高齢者のイラストが添付されており、警察庁はそれを”電動車椅子”と表現しているようだ。ただ電動車椅子と表現した場合、障害者ではない高齢者などが主に使用するシニアカーも、障害者の生活に不可欠な所謂電動車椅子も含む為、障害者団体が異論を呈したという格好だ。
この話を正しく認識する為にはまず、電動車椅子・シニアカーの法律上の位置付けを知っておく必要がある。道路交通法では、自動車・バイク等の自走できる原動機を有する車両を、公道で使用する為には基本的に運転免許が必要な車両に位置付けている。これらでは飲酒運転が認められないのは言うまでもない。また、自転車・電動アシスト付き自転車・馬・牛車・リヤカー・犬そり等は、自走できる原動機を備えない車両・軽車両に該当する。これらは操作に運転免許は必要ないが、これらも飲酒状態で運転・操作すれば飲酒運転に該当する。しかしショッピングカート(リヤカーとの違いは大きさ等)、乳母車等と共に電動を含む車椅子全般・シニアカーは道交法上、車両ではなく歩行者扱いになる。
ポイントは電動車椅子やシニアカーは自走する為の原動機を備えているが歩行者扱いになる点だ。ただ、道路交通法施行規則第1条の4で、長さ120cm・幅70cm・高さ120cm・電動・最高時速6km/h以下等が規定されている。電動車椅子やシニアカーが歩行者として認められる為にはこの条件に合致する必要があり、これを超えると道交法上は原動機自転車やミニカー(50cc程度の原動機を備える4輪車)として扱われることになる。
つまり、飲酒をした上で電動車椅子やシニアカーを利用したとしても、道交法上それは健常者が酔っぱらって歩くのと同じということになる。道交法を主体的に運用する組織である警察庁が、道交法の規定と整合性を欠く「飲酒等した上での電動車いすの利用は絶対やめること」という認識を公に示したことが、この話が話題になっている主な理由だろう。つまり、
「飲酒等した上での電動車いすの利用は絶対やめろ」というのは、健常者に対して「飲酒した上で出歩くのは絶対やめろ」と言うことと同じことで、健常者に対してはそんなことを言わないのに障害者に対してだけ「飲酒したら出歩くな」なんて言われても受け入れられないというのが障害者団体側が示した抗議の趣旨だ。もっと簡単に言えば、健常者に比べて不利な扱いを障害者にするのは障害者差別に該当する懸念が強いという事だろう。
今朝のMXテレビ・モーニングCROSSでもこの件に触れており、放送中に画面に表示された視聴者ツイートの中にもこれに関するツイートが幾つかあった。その中には、
いやいやいや、飲んだら乗るな。基本事項じゃん!#クロス— 司馬猫♪ (@scotssibaneko) 2018年12月2日
— Original Vision (@originv) 2018年12月2日
駄目なものはダメです!飲酒して乗物ダメです!— サバティー二 (@m_and_n326) 2018年12月2日
#クロス
など、飲酒をして電動車椅子を操作することが「飲酒運転」に該当するという誤認に基づく主張が幾つかあった。
飲酒をした上での電動車椅子利用に関する是非について、是とするツイート、非とするツイートを番組が取り上げて画面に表示することには何も問題はないだろう。自分は非とする主張に共感することは出来ないが、絶対的に非としてはいけないということになれば議論は全く成立しないし、それは他人の思想信条の自由や表現の自由を侵害することにもなりかねない。しかし、飲酒をして電動車椅子を操作することが「飲酒運転」に該当するという誤認に基づく主張を、一切注釈なしに番組で取り上げれば、視聴者に対して「現状でも飲酒した状態で電動車椅子を利用することは、道交法上の飲酒運転に該当する」という誤った認識を与えかねない。
前述のツイートに関する注釈は番組内では一切なく、厳密には当該案件に番組で触れた際には「(電動車椅子は)車両でなく歩行者とみなされる」という事を紹介したり、コメンテーターらが警察庁の示した注意喚起は妥当性があると思えないという意思表示をしてはいたものの、これらのツイートは視聴者の反応なので、画面に表示されたのは当然その部分の後で、これらのツイートが表示された後に主張の妥当性に関する注釈が一切なかったという状況だが、それでも番組が誤認・偏見に基づく誤った、場合によっては障害者に対して差別的にも思える主張を積極的・肯定的に紹介しているようにも思え、厳しく言えば偏見・誤認・差別を煽っているようにさえ感じられ、かなり残念な印象だった。
例えば、「電動車椅子は現在歩行者扱いで飲酒した状態で操作をしても「飲酒運転」にはならないが、それを見直す必要もあるのではないか」という旨の主張ならば差別的・差別を煽っている・誤認に基づいている主張とは言えないかもしれないが、前述の3つのツイートは、飲酒運転での電動車椅子使用は、現状でも「飲酒運転」に該当するという誤認に基いた主張である懸念が強く、というか厳しく言えば誤認に基いていることは明らかとさえ言えそうな主張で、そんな主張を番組、というか担当スタッフが無頓着に画面に表示するということは、番組自体も差別や偏見に無頓着だと言われてしまう恐れもあるのではないか。
自分は当該番組に基本的には好感を持っていて毎朝見ており、これまでも同種の、番組の視聴者ツイートの取り扱いに関する苦言をこのブログで何度か呈してきたが、MXテレビは昨年・2017年1月に放送した「ニュース女子」でも差別・偏見に関する指摘を受けており、同社の看板報道番組とも言えそうなモーニングCROSSでこのような事がしばしば起きるということは、同社には差別や偏見も「表現の自由」の範疇に含まれるという認識が根強く残っているのかもしれなとさえ感じる。
番組のMCを務める堀潤さんは差別や偏見に無頓着な人とは思えないが一体どのように感じているのだろうか。是非とも彼の具体的な所感を聞いてみたい。