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働き方改革?何それおいしいの?


 厚労省、というか政府全体がブラック体質で、日本全体がブラック企業ならぬブラック国家なんじゃないのか? 働き方改革が聞いて呆れるという話を昨日の投稿で書いた。近々注目されている、厚労省の勤労統計不正がその主な理由だが、厚労省は障害者雇用水増しにも手を染め、裁量労働制に関する労働時間の統計でも不正が発覚しており、労働・福祉問題を所管する省庁の厚労省がこの有様ではそう思われても仕方ない、絶望感に苛まれるという話だ。また、厚労省以外でも複数の不正・捏造・隠蔽が発覚しているにも関わらず、その多くで責任者と言われる人達はことごとく責任逃れに走り、場合によっては現場の者にツケが回され、財務省では自殺者まで出ているのが「政府全体」と感じられる理由である。


 昨日・1/11、フランスの検察当局がJOC竹田会長を贈賄容疑で捜査し始めたという事が報じられた(BBCの記事)。一部では、ルノー日産アライアンスのカルロス ゴーン元会長の逮捕・長期拘留への意趣返しか?なんて憶測も飛んでいるが、東京オリンピック招致をめぐる贈収賄疑惑は2016年にも取り沙汰されている。当時JOCは調査の結果「違法性なし」と結論付けたが(AFPの記事)、2017年9月、2016年に開催されたリオオリンピックの招致に関する不正を捜査していたブラジル検察当局は、その捜査に関連して東京オリンピックの招致でも贈収賄があったことが分かったとしている(ハフポストの記事)。勿論ゴーン氏の件が全くこの件に影響していないとは言い切れないが、逆に言えばその意趣返しでフランス側が動いているというのも単なる憶測に過ぎない。個人的には、招致活動の中で首相が福島原発事故について「アンダーコントロール」などと虚偽の主張をしていた事が主な原因で、東京オリンピックには全く良いイメージを持てない。現に今も事故を起こした原発の廃炉が順調に進んでいるとは到底言えないし、目途が立っているとすら言えない状況だ。政府・東電が全く何もしていないとまでは言わないが、嘘をついてまでオリンピックを招致する必要性が全く感じられないし、オリンピックに予算を割くなら、その分を原発の処理や被災地の復興に回すべきだ。また、東日本大震災の被災地復興以外にも、オリンピックよりも優先して予算を割くべき事案・問題は山ほどある。オリンピックは全くの無駄とは思わないが、効率的な予算の使い道とは到底考え難い。

 確かに、一部の業界ではオリンピック特需のような状況も起きており、オリンピックの招致によって、会場を作る建設業界等関連産業の活性化、日本を訪れる観光客を増やす効果による観光地等への経済効果など、プラスな面もあるだろう。しかしその一方で2017年には、新国立競技場の建設工事に携わっていた男性が失踪・遺体で発見されるという事件が起きた。失踪の直前、男性は極度の長時間労働を強いられており、過労自殺を図ったと見られている(BuzzFeed Japanの記事)。新国立競技場については、予算が当初見積もりの数倍に膨れ上がった事を理由に一度計画が白紙撤回され、その影響で新・新国立競技場の建設は余裕がなくなっているという指摘があり、そのしわ寄せが現場に押し付けられ、そのような悲しい事案が起きたのかもしれない。勿論そのような件はレアケースで、オリンピックに直接関係する建設現場は概ね労働者に対する配慮がなされている可能性もある。しかし、個人的な経験から自分にはそう思えない。

 ハフポスト/朝日新聞は1/11に「2次下請け66歳男性が過労自殺 遺族が日立を提訴」という記事を掲載している。この件がオリンピックに直接関連しているのかどうかは定かでないが、恐らく現在は直接的な関係のない現場でも、オリンピック関連工事に資材等が優先的に回されたり、慢性的に人手不足な業界なのに関連工事に職人をとられたりで、間接的には何らか影響を受けているだろうから、全く関係ないとは言えないだろう。
 自分は以前建設業界で働いていた経験上、自殺した人の苦悩が想像できる。自分が建設業界で働き出したのはリーマンショック直前くらいのタイミングなので、その後の話、また自分の経験でしかなく、建設業界全体に当てはまる話という保証は出来ないが、建設業界には、元々余裕のない納期・予算の仕事が設計者やデザイナー、元請けから下請けに押し付けられる傾向が蔓延している。下請けは仕事を回してもらえなくなる恐れを考えると断り難く、というかギリギリのコストで受注しないと他に勝てない。で、その下請けは、今度は外注の監督や職人にギリギリの予算・納期の仕事を押し付ける。つまり下請け業者は転じて仕事を押し付ける側に回る。
 建設現場は、天気、現場の事前の下見不足、資材の杜撰な見積もり等に影響で、大概予定通りにいかない。寧ろ予定通りなどあり得ないと言っても過言ではない。更にデザイナーや施主等の気まぐれによって、工期中の仕様変更も頻繁に発生する。時間的・予算的余裕がない中でそんな事に対応しないといけないし、場合によっては追加予算が貰えず現場にそのしわ寄せが押し付けられる(余計にかかる人件費を無視される)。
 工期終盤の24時間稼働は多くの現場でお約束だが、それでも職人はそれぞれの仕事待ちが発生するので合間に休める。しかし現場監督はそういう訳にもいかず、現場に張り付くことになるので睡眠時間は殆ど取れなくなる。しかもそれを安い日当でやらされる。人手不足・コスト削減が背景にあり、現場が24時間稼働になっても人が追加されることは殆どない。勿論そんな環境をものともせず働き続けられる者もいるが、確実に健全な状況とは言えないし、「耐えられる者がいるのだから、耐えられない者がおかしい」という話は確実に間違っている。しかし建設業界には確実にそんな風潮がある。

 「そんな業界なら辞めたらいい」という人もいるかもしれない。そして現に自分は辞めた。自分は独身で子どももおらず、自分の都合だけで辞めることができたが、子どもがいたら、住宅ローンを背負っていたらどうだったろうか。気軽に辞めることが出来ない人は確実に存在する。
 すると今度は「調べもせずそんな会社・業界に入ったのだから自業自得」のような事を言う人もいるかも知れない。 よくある自己責任論というやつだ。自分はこんな話は到底容認できない。何故なら、痴漢被害にあった女の子に「あの路線は痴漢がいる事で有名、なのにそんなことも調べず乗った方が悪い」などと言えるだろうか。前述の見解はそれと同じことを言っているように思える。痴漢する側が確実に悪いのと同様に、どう考えても労働基準法を無視して労働者を扱う側が悪いのに、そんな会社に引っかかった方が悪いなんて話を容認できる人がどれ程いるだろうか。
 確かに、そんな会社が稀ならばそのような話もある程度理解できるが、自分の経験上、そして様々な報道を見ていると、そんな会社はそこかしこにあるように思える。しかもそんな会社かどうかは入って働いてみるまで分からない事のほうが多い。求人票に「うちはブラックです」と書く会社や採用担当なんていない。

 このような劣悪な労働環境を率先して改善しなければならない筈の、労働者にとって最後の砦であるはずの、厚労省が全く頼りにならないどころか、むしろブラック企業側に加担するような事をしているような状況で、一体どの口で「働き方改革」と言っているのかと思うと、本当に絶望感しかない。このような状況に絶望を感じた労働者の意欲は確実に下がる。労働意欲が下がると表現すると「やる気がない」なんて言い出す人がいそうだが、程度の差はあれ鬱、もしくはそれに準ずるような状況になるだろう。何が起こるかと言えば最悪は自殺だ。
 過労自殺とは、置かれた状況に希望が見い出せず、八方ふさがりだと絶望することで起きるのだと自分には思える。今の厚労省や政府のやっていることは、そうやって労働者を自殺に追い込むブラックな企業と同じ事ではないだろうか。

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