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スケートボードの五輪種目化、同性婚の法制化の類似点


 ハフポストの記事「亭主関白の父にカミングアウト。返ってきた言葉は…。レズビアンのふたりが結婚するまで」を読んでいて、こんな思いが湧いてきた。
 法律で認められていない同性婚は、オリンピック競技に選ばれる前のスケートボードのような状態だ
自分は、あるスポーツ競技がオリンピック種目に選ばれると、その途端にテレビや新聞でも急に取り上げられるようになる世の中の仕組みに疑問を抱いている。少し前まで不良の遊びみたいな扱いだったスケートボードなどがそれに当たる。
 オリンピック種目に選ばれる数年前から、10数年前の扱いに比べれば状況の改善の兆しはあったし、10数年前のスケーターの中にはマナーや素行の悪い者が一定数いた事は自分も知っている。しかし、20年前の長野オリンピックで一足先にオリンピック種目になったスノーボードだってさほど状況に差はなかった。というかスノーボードの例を見ても、「媚びへつらって(やや語弊があることは分かっている)オリンピック種目化することで、その競技を取り巻く環境が変わる」という歪んだ構造が確実にあるように思えてしまう。


 自分は以前、趣味でスケートボードをやっていた。初めてスケートボードを手にしたのは80年代・小学生の頃だった。全国的なブームだったかどうかは分からないが、クラスの男の半分以上がボードを持っていた。因みに当時はバブルの初頭で羽振りのよい人が多く、家が金持ちの友達と一緒に遊んでいると、彼がスケートボードを買ってもらうというので一緒についていった。すると彼の父親が自分の分も買ってくれたという、今じゃ中々考え難い経緯でスケートボードを手に入れた。今のデッキ形状とは異なり、当時はまだボードを蹴る為のそりがテール側にしかない時期だ。その当時から、現在フラットランドと呼ばれるような競技も既にあったようだが、自分の周りにはトリックを繰り出すような事をやろうという子は皆無で、チクタク(ボードを左右に振って滑走する方法)で走り回ったり、コンクリート製の大きな滑り台やお椀状の遊具の中、若しくは坂道などを滑り降りるということをやっていた。坂道を滑り降りた先には交差点があることも多く、今当時を振り返れば危ない事もあったと思う。
 再び自分がスケートボードを手にしたのは90年代・高校生から大学生にかけてだ。当時は日本で何度目かのサーフィンブーム、スノーボードの流行などとも重なる時期で、それらのアクションスポーツ・Xスポーツと共にスケートボードも再び盛り上がりを見せた。現在オリンピック以上に重要なアクションスポーツの世界大会・Xゲームズの初回が開催されたのも1995年だ(厳密には1994年にエクストリームゲームズとして始まった)。この頃は既にスケートボードの形状も現在とほぼ同じで、オーリー(ジャンプ)やスライド(ボードにのって段差の縁や手すり等を滑る技)などのトリックを練習するのが、スケートボードの楽しみ方の主流になっていた。

 小学生の頃・80年代は、どこでスケートボードをしても怒られるようなことは殆どなかった。流石にバスが走るような大通りでやれば怒られただろうが、住宅街の生活道路のようなところでは普通に遊ぶことが出来た。ただ、当時は光GENJIブームで女の子を中心にローラースケートも流行っており、学校から「交差点などで勢いよく飛び出さないように」というお達しはあった。しかしそれも自転車に乗る上での注意事項と大差なく、今みたいに道路上は危険だから子供を遊ばせるな、なんて言う人も殆どおらず、「遊んでもいいけど注意しろよ」程度の話だった。
 因みに昨今は、マンションの駐車場でキャッチボールをされて車にぶつけられたらたまらないから禁止、なんて話をしばしば耳にするが、当時は両サイドが駐車場になっている団地内の道路で、キャッチボールもサッカーもスケートボードもローラースケートも普通にやっていたし、怒る人も殆どいなかった。今が正常で昔が大らか過ぎたのか、昔が正常で今が神経質すぎるのかは定かでないが、明らかに今とは状況が違った。
 90年代の頃は高校生・大学生ということもあって、近所の友達とだけ遊んでいた小学生の頃とは異なり、バイクや車で集まるのが便利なくらいの距離感に点在する何人かの友達と、どこかに集まってスケートボードをすることが多かった。高校生・大学生の頃になると、平日の日中に集まって遊ぶようなことは難しく、暗くなってから集まる事も多く、街灯のある市営競技場の駐車場に集まってスケートボードをすることが多かったが、しばしば警備員がやってきて、ハッキリとは言わないが遠回しに「ここでやるな」的なことを言われた。自分達も市民なのに、市営競技場の駐車場の片隅でスケートボードをしただけで何で文句を言われなくてはならないのか?と当時は思っていたし、そう言われると警備員も強く反論できないのか、強制的に排除されることはなかったが、それでも見つかる度に「ここでやらないで」的なことを言われたのを覚えている。その市営競技場は周辺に住宅もなく、多少騒いでも誰かに迷惑がかかるような場所ではなく、一体何でそんなことを言われなくてはならないのか全然納得できなかった。今考えれば、後々クレームが出る事を懸念した先回りだったのかもしれないと思う。

 そんな風に、90年代頃のスケートボードの扱いは概ね「不良の遊び」みたいな感じだった。確かにたむろして吸い殻や飲み物の空き缶などを散らかしていくような、マナーの悪いスケーターもいたし、傾向として、野球やサッカー等に比べれば所謂品行方正な者の率は高くなかったかもしれない。そんな理由からなのか、多くの公園で「スケートボード禁止」という看板が掲げられ、スケートボードをするにはうってつけの広い駐車場でも「禁止」は広がっていった。ただ、その傾向はスケートボードに限った話ではなかったかもしれない。近年「球技禁止の公園ばかりで子どもにどこで遊べって言うの? 公園って一体何をするところなの?」というような声をしばしば耳にするが、スケートボードに限らず球技も花火も、ラジコンも犬の散歩も禁止、兎に角歩いて座る以外禁止みたいな公園のルールが増え始めたのは90年代の終わりから2000年代初頭のように思う。そんな視点で考えれば、必ずしもスケートボードだけが排除されたわけではないかもしれないが、それでもスケートボードに対する風当たりが強かった事には変わりない。

 2000年代の後半ぐらいから、自分が当時住んでいた場所から車やバイクで気軽に行ける程度の場所にスケートパークが出来たり、ショップ併設型の施設がオープンしたり、スケートボードをしやすい環境が少しずつ整い始めたように感じるが、それでも(Xゲームズが深夜番組として何日か遅れで放送されるのを除いて)スケートボードの競技会がテレビや新聞で取り上げられることは殆どなかった。しかし、東京オリンピックの競技種目への採用が決まった途端に、オリンピック関連案件としてテレビや新聞でも取り上げられ始めた。それまで不良の遊びみたいな扱いだったのに、急に手のひら返しをされたように感じられた為、「オリンピック種目になることはそんなに重要なの?」と複雑な気分にさせられている。
 しかし一方で、オリンピック競技になった事をきっかけに不当な扱いを受けにくくなっていることも事実で、オリンピックという権威が幅を利かせる現状には疑問を抱きつつも、決して悪い事ばかりではないようにも思う。

 日本の法律で認められていない同性婚は、オリンピック競技に選ばれる前のスケートボードのような状態だと自分は思う。法律で認められようが認められまいが、当事者らの気持ちは大きく変わらないだろうが、法律で同性婚が認められたら、世の中での風当たりは確実に変化するだろう。何故法的に認めることによって、国が率先して差別を解消しようとしないのか不思議でならない。ハフポスト/朝日新聞の記事「入学願書、性別欄を廃止する都道府県は? 朝日新聞社が全国調査」「事実婚でも「パートナー」証明へ。千葉市で国内初の取り組み 「生きづらさや困難を抱えるすべての人へ」」等からも分かるように、地方でいろいろ動きがあるにも関わらず、国の対応が遅れているのは明らかだ。

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