メキシコ国境に壁を作るというトランプ米大統領。その建設費用を盛り込んだ予算案は、昨年の中間選挙で民主党が勝利した為に議会で承認されず、その結果5週間に渡る史上最長の政府機関閉鎖が起きた。現在はつなぎ予算に関する法案に大統領が署名したので閉鎖は一旦解除されている(TBSニュースの記事)が、あくまでも暫定的な措置の為、来月には再び閉鎖が起きる恐れがある。政府機関の閉鎖とは、例えば観光施設や空港が使えなくなる場合もあるし、どうしても閉鎖できない機関・施設では職員がタダ働き状態になるという事だ。
この件に関して、今朝のMXテレビ・モーニングCROSSでも、コメンテーターの一人だったパトリック ハーランさん(パックン)が自身のオピニオンとして取り上げ、如何に壁建設、トランプ氏の予算請求が馬鹿げているかを、
- 閉鎖で給与停止した政府署員が80万人
- 休暇を余儀なくされた契約職員が120万人
- 全体15の内閉鎖した省が9つ
- トランプ氏が現在要求している壁建設予算57億ドルで出来る壁の長さは160km
- アメリカとメキシコ国境の総延長は3200km
- 正機関閉鎖による経済的損失が60億ドルにのぼる
彼の論はとても説得力のある内容だった。57億ドルの予算が通らずに60億ドルの損失が発生するなど常軌を逸しているようにしか思えない。壁建設を実行するにはどれだけ莫大な予算が掛かるのかも一目瞭然だし、その予算を別の事に使った方が多くの国民にとって確実に有意義だろう。しかし、彼はもっと大事な事に触れるべきだったと自分は思う。
トランプ氏が壁建設費用を盛り込んだ予算を議会に認めさせようとしている事に関して、一部には「彼は壁建設という公約を実行しようとしているだけ。彼が大統領に当選したのだから、多くのアメリカ国民は壁建設を望んでいるとも言え、寧ろ認めない議会の方がおかしい」なんて事を言う人もいる。まず、議会で壁建設に反対の民主党が過半数を占めたのも選挙の結果なので、トランプ氏当選=国民が壁建設を望んでいる が正しいのだとしたら、民主党が議会で過半数を獲得=国民は壁建設を望んでいない も正しいことになる。しかも民主党が議会で過半数を占めた方が新しい選挙の結果なので、寧ろ後者の方が整合性のある話という事になりそうだ。
そんな事よりももっと大きな矛盾が、トランプ氏の壁建設費用を盛り込んだ予算や、それを公約だからと擁護する見解には含まれている。トランプ氏は確かに大統領選で壁建設を公約に掲げて当選した。それは間違いない。しかし彼は、
壁建設の費用はメキシコに払わせると選挙活動中に確実に、何度も、声高に言い続けてきた筈だ。つまり、彼の掲げた公約は「国境の壁建設」ではなく、「メキシコ側が費用負担した国境の壁建設」である。アメリカ負担での壁建設では話が違う。アメリカ政府予算に壁建設費用を盛り込んだ時点で公約に反する。パックンが提示した様々な数字は確かに壁建設の無駄を示すのには充分な内容だったが、それよりも何よりも、壁建設費用を予算案に盛り込む事自体が公約違反の恐れが強い事をまず指摘するべきではなかったのではないか。
このように指摘すると「一端アメリカ政府が費用を肩代わりして、後にメキシコにその費用を請求すれば公約違反にはならない」と主張をする人もいるだろう。果たしてそんな事が実現する可能性がどれほどあるかを考えれば誰にでも分かる事だが、莫大な予算をかけて壁を建設した後に「やっぱりメキシコから費用を調達できませんでした」で済むはずはなく、実現する可能性の乏しい話に基づく予算案が認められないのは当然だ。
と、自国政府・自国大統領には厳しいパックンだったが、同番組の中で日本政府に対しては大甘な見解を示していた。番組MCの堀 潤さんが、
— まきむらりか (@11777kaoChin) 2019年1月28日という視聴者のツイートを取り上げ、「真っ当とは何か?」と彼に聞くと、彼は、
僕は正直日本は皆さんが言う程狂ってないと思う。全世界に比べると今、例えば国家主義・ナショナリズム・ポピュリズムなどの波は日本には押し寄せてきてはいない。政府に対する不信は確かに国民の間にあるが、他国に比べたら(不信のレベルは)まだ低いし、で、野党がしっかりしてないのは間違いない、与党も色んな問題だらけなんだけども、でも官僚は何とかしっかりしているような気がしている。とコメントした。確かに中国や北朝鮮、内戦が今も続くシリア、パレスチナを弾圧するイスラエル、アフリカやラテンアメリカの一部の国などに比べれば、日本の状況は決して最悪じゃない。しかしそうやって状況の悪い国と比べて安心することに一体何の意味があるだろうか。それこそ権力側に都合のよい視点ではないのか。近年の日本では政府・行政機関・官僚による隠蔽・捏造・改ざんがこんなにも頻発し、今も勤労統計不正が発覚するというかなり深刻な状況なのを彼は確実に知っている筈なのに、「他国よりマシ」と言われても全然説得力が感じられない。「官僚は何とかしっかりしている」なんて到底思えない。彼のこのコメントはかなり残念だった。
また、日本がマシだというのなら、アメリカだって更に深刻な状況の国に比べたら状況はいくらかマシだ。それを根拠に「トランプはアメリカ国民が言うほど狂ってないと思う」と言われて彼は納得できるだろうか。もし納得できるのだとしたら、冒頭で紹介したようなトランプ批判などしないのではないか。彼がテレビ番組でトランプ氏の壁建設が如何に馬鹿げているかを説いた事を勘案すれば、彼がそんな事を言われても納得しないのは明らかだ。
番組冒頭で通常国会が始まったことを取り上げた際に、彼は、野党は勤労統計不正の批判に終始するべきではないという見解を示していた。確かに自分もその見解には一理あるとは思う。しかし一方で、政府や与党が強引に幕引きを図ろうとすれば野党側には批判を続けて欲しいとも思う。つまり国会が、去年一昨年で言えば「森友加計学園問題」に終始するような状況になっていた原因を野党側だけに求めるような視点は、決して妥当とは言えないと考える。話を有耶無耶にするような態度を政府が示し、与党がそれをアシストするような状況で、野党が批判を止めたら・弱めたら、一体誰が状況を改善してくれるだろうか。
勿論野党には支持を得られるような追及の仕方を期待したい。話を飛躍させた政権批判に終始して欲しくないのも事実だ。しかし、国会で政府の不祥事ばかりが議論されてしまう原因は、そもそも不祥事を起こした側、それについてまともな受け答えをしない政府のにあるだろうし、そんな政府と実質的に一体でアシストする与党側にも責任があるのではないだろうか。