一向に出口の見えない日韓政府の対立。韓国側は19日、日本の公使を呼び出し、福島第一原発の汚染水海洋放出計画の現状と今後の方針について、日本政府の公式回答を求めると伝えたそうだ(朝日新聞「原発汚染水処理「日本政府の公式回答を」 韓国外交省」)。また、KOC:韓国オリンピック委員会が、原発事故の影響を前提に、食の安全や選手の健康を懸念する通知を日本側に送っていたと、産経新聞「韓国、放射能や食の安全に疑義 五輪会議前に通知」は伝えている。
更に、今日(8/21)、韓国食品医薬品安全庁が、日本産の一部の加工食品や農産物など計17品目に対する放射性物質の検査について、8/23からサンプル量と検査回数を2倍に強化すると発表し、メディア各社が一斉にそれを報じている。
これらの件について、幾つかのメディアの報じ方には問題があるのではないか?と感じる。例えば、3つ目の事案に関する報道の一部を見てみると、
- 放射性物質検査を強化 韓国、日本産の加工食品(日経新聞)
- 韓国、日本産食品の放射性物質検査を強化へ(ロイター)
- 韓国が“対抗策”発表、日本産食品の放射線検査を強化(TBS)
- 韓国政府が“対抗措置” 日本産17食品の検査を強化(テレビ朝日)
「対抗策/対抗措置」というTBSやテレビ朝日の表現に違和感を覚える。
まず最初に確認しておきたいのは、これまでにもこのブログで書いているように、この日韓対立は両政府が愚かな煽り合いをしていると認識しており、日本側の対韓輸出に関する優遇措置撤回も合理性に欠けていると思うし、直近韓国側が示している過敏な放射性物質への懸念も、このタイミングで示されたことを考えれば、合理性の充分な懸念が示されているとは考え難く、TBSやテレビ朝日などが言うように、日本側の方針に対する対抗措置と見てほぼ間違いないだろう、という事だ。
TBSやテレビ朝日は、日本側が輸出に関する優遇措置撤回を発表した際に「事実上の対抗措置と見られる」というニュアンスで記事にしただろうか。日本側の優遇措置撤回について、日本側は「安全保障上の懸念」による撤回であり、対抗措置ではないと説明し、各メディアはそれをそのまま伝えていたと記憶している。しかし、日本が示した「安全保障上の懸念」について賛同する国があるという報道は一切ないし、日本に続いて同様の措置を始めた国についても報道は一切ない。日本だけが「韓国が北朝鮮に物品を横流ししている恐れがある」と言っている状況だ。つまり、日本側が優遇措置撤回の根拠にする「安全保障上の懸念」に合理性があるとは考えにくい。日本の措置も他の事案、慰安婦問題・徴用工問題などに対する意趣返し、事実上の対抗措置と考えるのが妥当だろう。しかし、それはWTOによって禁止されている為、「安全保障上の懸念」を大義名分にしただけだろう。それを指摘せずに、韓国側の対応だけを「事実上の対抗措置」と報じるのは如何なものか。報道機関として公平性に欠けるのではないか。
テレビ局の報道は軒並みそのような論調であり、自分の目には、一部で盛り上がってしまっている韓国への不信感、というか憎悪を煽る報道がされているように見える。
今朝のMXテレビ・モーニングCROSSでは、一連の日韓の対立について、コメンテーターの了徳寺大学客員教授/元衆議院議員・網屋 信介さんが、「日本の市民は冷静だが、韓国市民は冷静さが足りない」という旨の発言をしていた。果たして本当にそうだろうか。韓国では反安倍政権デモがしばしば行われ、一部で日本製品の不買運動も起きているようだ。しかし、逆に訪韓日本人客に不満をぶつけるべきではないというムーブメントも起きている。転じて日本では、確かに嫌韓デモ等は起きていないが、元々日本ではどんなことについてもデモ自体がそんなに盛り上がらない。デモの有無は単に国民性の違いであって、冷静か否かを判断する物差しにするのは妥当とは思えない。また、日本にだって冷静でない者は相応に存在している。それはSNSなどを見れば明らかだ。両政府が冷静さに欠けているのは多くの両国市民がそう感じているだろうし、どちらの国にも過剰な反日/嫌韓論者がいるのも同じで、どっちが冷静かなんてのは、単に自分の国を贔屓目に見た反応でしかないように思う。
例えば、TBSのワイドショーに出演する弁護士・八代 英輝さんは8/20の放送の中で、原発事故をめぐる韓国側の態度について不快感を示し、「正直言ってゲスな主張をしてきているなと思うんですけども」、「嫌だったら別に(東京オリンピックに)来なくてもけっこうだっていうスタンスでいいんじゃないでしょうか」と述べたそう(デイリー「八代弁護士 福島第一原発事故をめぐる韓国側の態度に不快感「ゲスな主張」」)。売り言葉に買い言葉のようなことを、弁護士がテレビ番組で述べる状況で、果たして日本の市民は冷静と言えるだろうか。
また、もう一人のコメンテーターだった元財務官僚/ニューヨーク州弁護士・山口 真由さんは、「冷静にそれぞれの事案について判断したいが、韓国側が福島や放射能に対する懸念という、感情を揺さぶるカードを切ってきた」という旨のコメントをしていた。
前述の通り、韓国側が放射能や福島に対する懸念を、視点によっては、風評被害を誘発しかねない中傷めいた見解を示しているようにも思える、ということは自分も感じているし、韓国側が対抗措置として急に放射能に対する懸念を示し始めたとも感じている。つまり、山口さんの言うように「感情を揺さぶるカードを切ってきた」という話に異論はないが、しかし「だから韓国の主張の妥当性は低い」と日本側が言えるのかと言えば、一概にそうとは言いにくいとも自分は考えている。
その最大の理由は、安倍氏がオリンピック招致演説の冒頭で述べた「Situation is Under Control(福島の原発事故はコントロール下にある)」という嘘だ。
当該部分はおよそ30秒あたりから始まる。同時通訳では「事態は収拾に向かっている」と訳されているが、アンダーコントロールとは「制御下にある」「支配下にある」「管理下においている」のような意味である。この演説が行われた2013年9月当時は、汚染水対策もまだまだ全然不十分だった(ハフポスト「汚染水、安倍首相の「完全にブロックしている」発言が東電発表と食い違い」)。事故を起こした原子炉の内部調査も始まっていなかった。というか、現在も汚染水は増え続けており(ハフポスト/朝日新聞「福島第一原発の汚染水タンク、あと3年で満杯に。」)、原子炉の解体作業自体も遅れに遅れ、一応希望的観測のようなものは示されているが、いつ終了するかの見通しもまだ経っていない。つまり、安倍氏は、2019年の今も完全に管理しきれていない状況の事故原発・原発事故について、世界に向けて「事態は管理下にある」という嘘をついたのだ。
確かに韓国側が原発事故処理への懸念を、現在の対立のカードとして切ってきたのは事実だろうが、そのカードを誰が韓国側に与えたのかと言えば、それは嘘をついた安倍氏に他ならない(参考:ブルームバーグ「日韓の間に新たな火種、今度は放射能-東京五輪にも影落とす恐れ」)
更にもう一つ勘案すべき要素がある。この数年日本政府内では、財務省による公文書改竄、厚労省の毎月勤労統計不正、防衛省・自衛隊の日報隠蔽など、データに対する不誠実な態度がしばしば示されている。前述した例はほんの一部であり、例えば昨年末に充分な議論もなく可決された入管難民法改正案の検討の為に示されたデータや、裁量労働制の導入を検討する為のデータにしても、政府に利する方向性で不都合なデータが隠されたり、都合の良いデータが不適切に強調されるなどの事案が相次いでいる。
そんな国の政府が「安全だ」と宣言したところで、手放しで信じるお人好しが日本人以外にいるかと言えば、そうは思えない。「あの政府はいい加減なことを言っているかもしれないから、安全だと言っていると逆に怪しい」と受け止められる恐れもある。つまり「韓国側の放射能に関する検査を強化するという姿勢は合理性に欠けている」と指摘しても説得力を持たせられない状況は、今の日本政府が作り出してしまったものと言えるのではないか。
このように考えると、韓国側の主張も至極妥当とは言い難いが、それを断固として否定することの出来ない状況を、現政権と安倍氏が作り出していることを先に指摘しなくてはならないと自分は思っている。それをせずに韓国側の主張に対して不快感を示しているようなら、その種の人たちは冷静な判断を下しているとは言えないだろう。
どうも今の大手メディア報道、特にテレビについては、総じて冷静さが欠けているように思えてならない。よそ(他国)の不備を指摘するなら、それ以前に身内(自国)の不備を正さなくてはならないのではないか。