アフリカ豚コレラの被害が拡大している。その名の通り、元はサハラ砂漠よりも南のアフリカで発生した、ダニなどが媒介して豚などに広がる伝染病だった(Wikipedia)。これまでアジアでは確認されていなかったが、ヨーロッパ/ロシアを経由し、2018年8月に中国でも初めて確認され、2018年11月までだけでも数十万頭が殺処分された(中国でアフリカ豚コレラ感染拡大、計60万頭超殺処分 北京でも 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News)。日本でも2018年9月に岐阜で確認されて以来、野生の猪などが介したと思われる感染が拡大しつつある(豚コレラについて:農林水産省)。日本でも、感染が確認された養豚場では全頭殺処分が行われている。
「豚コレラ対策、豚にワクチン接種へ 農相が方針表明 (写真=共同):日本経済新聞」という記事が、9/20に掲載されていた。
記事によると、江藤農林水産大臣は、豚コレラ対策として飼育する豚へのワクチン接種を認めると表明したそうだ。
これまで国は、感染が見つかった養豚場での全頭殺処分で対応し、予防ワクチン接種を禁止してきた。ワクチンを接種した豚の流通は一定の区域内に制限される、ワクチン接種をした国は国際ルールで「非清浄国」と位置付けられる為に輸出をし難くなる恐れがある、などの影響を考慮した対応だったようだ。報道等でしばしば強調されていたのは後者で、しっかり調べてはいないのであくまで個人的な推測だが、農林水産省が示していた見解のニュアンスが反映されていたのだろう。
前述の日経の記事を読んでいて、現在日本がどの程度豚及び加工品を輸出しているのか?が気になった。2018年の数字だと、
- 日本の豚肉輸出量:725t
- 日本の豚調理製品輸出量:2,250t
- 日本の豚肉生産量:890,000t
ワクチン接種を始めれば、輸出だけでなく国内での流通にも影響が生じることを勘案する必要は間違いなくあっただろう。しかし、輸出だろうが国内消費だろうが、感染が拡大してしまえば元も子もない。全頭殺処分となれば基本的に何も残らない。ならば早期に方針をワクチン接種による積極的な感染の抑制に切り替えるべきだったのではないだろうか。ワクチン接種を行わなくても感染が拡大すれば、日本産の豚のブランド価値は下がり、結局輸出”も”厳しくなってしまう。
加計学園の獣医学部新設問題に関する議論の中で、首相や政府関係者らは、家畜の伝染病対策の重要性を強く訴えていた。しかしこの1年間、政府によるアフリカ豚コレラ対策は充分に行われていた、と果たして言えるだろうか。国が1年もの間ワクチン接種を禁止していたことに疑問を感じる。
などの記事も報じられていて、神奈川新聞の記事の見出しには記述がないが、本文には日経の見出しと同じ傾向の表現、
不安を募らせる養豚農家からは政府が方針を決めた豚へのワクチン接種の早期実施を求める悲痛な声が上がっているがある。現場からはワクチン接種を望む声が上がっていたことが窺える。
このような家畜の伝染病対策・全頭殺処分という対応を目の当たりにした際に、いつも感じるのは「なぜ動物愛護家らは殺処分に異論を示さないのか?」ということだ。犬や猫などの殺処分には強い嫌悪が示されるのに、家畜だとそれがあまり示されない。
「犬や猫の殺処分ゼロを目指す活動をする者は、家畜についてもそれを行わなければならない」と言うつもりはない。例えば、性差別を無くすことを目標とした活動をしている人に対して、「障害者や民族差別をなくす活動もすべきだ、そうしないならその活動は偽善である」のような批判をすることは妥当とは思えない。勿論全ての差別をなくすことを目標にすべきだが、特定の分野に注力することに問題があるとは言えない。それは動物愛護に関しても同様で、犬猫の殺処分ゼロに注力した活動に問題があるとは言えない。
しかし、動物の生命を尊重する気持ちがあるのなら、例えそれが家畜であったとしても、食肉化等の為の屠殺ではなく伝染病の拡大を防ぐ為の殺”処分”という命の絶たれ方には、違和感を覚えるのではないだろうか。動物の生命をできる限り尊重する気持ちがあるのなら、感染発覚した施設の全頭殺処分ではなく、ワクチン接種による感染予防という対応を支持するはずだろう。しかし、昨年中国で発見されて以来東アジア全体でアフリカ豚コレラが猛威を振るっていても、動物愛護を主張する人達からも殺処分という対応への嫌悪は殆ど示されていない。勿論中には示している人もいるが、決してその声が大きいとは言えない。具体的な活動は難しくても、この種のニュースは動物愛護に疎い自分のような者の目にも留まるくらいだから、SNS等でその種の主張をするくらいなら簡単にできる筈だ。
それは今回のアフリカ豚コレラに関してだけでなく、鳥インフルエンザなどの際も同様だった。そう考えると、他国の事情と比べて云々という話ではないが、現在日本で主流の動物愛護というのは、家畜を動物としては見ていないのかもしれない、と感じられる。
それは動物愛護家を自負する市民だけでなく、政府も同じなのかもしれない。日本では1973年に動物愛護管理法(Wikipedia)が成立し、その後度々社会情勢に合わせた改正が行われている。主にペットや野生動物などの保護に主眼を置いた法律ではあるが、牛や豚、鶏なども対象にした法律だ。因みにこの法律は、両生類以下の脊椎動物並びに無脊椎動物には適用はされず、例えば飼育していた熱帯魚などを第三者により故意に殺傷されても器物損壊罪が成立しうるにとどまる、のだそう。
伝染病が拡大している中での、輸出に悪影響が及ぶなどの理由によってワクチン接種を禁じ、感染が発見された施設に属する家畜の全頭殺処分を優先するという対応は、動物の生命の尊重を主眼に置いた法律が存在している、という点から考えても妥当とは思えない。感染は限定的かもしれないとも考える余地もあった極めて初期の段階なら、そのような対応も仕方ないかもしれない。また、ワクチン接種という予防対応をした上で、それでも感染が拡大するのなら、感染が見つかった施設での全頭殺処分という対処も必要かもしれない。しかし実状はそうではないので、感染が拡大する中で1年もの間方針を転換しなかった政府の対応には強い違和感を覚える。
トップ画像は、3D Animation Production CompanyによるPixabayからの画像 と、janjf93によるPixabayからの画像 を組み合わせて加工した。