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ネット上での実名と匿名の差


 タレントや知識人等メディアに露出する機会の多い人達が、「匿名で言いたい事だけ言ってんじゃねーよ」という趣旨のSNS投稿をしているのをしばしば見かける。公に顔と名前を露出して主張をする彼らに対して、ネット上で、攻撃的な、若しくは心無い言葉を浴びせる者が決して少なくない現在の状況を考えれば、彼らがその様に言いたくなるのもよく分かる。当然だと思う。


 しかし一方で、例えば、メディアに露出していない人が、SNSで鈴木 太郎を名乗り、顔写真をアイコンにしたアカウントがあったとして、その名前が実名かどうか、その顔写真が本人のものかは、免許証を撮影した写真でもアップして貰わなければ分からない。というか、免許証の写真だってコラージュして名前を変えたり顔写真を変えたりすることは可能で、勿論公的な記録と照合すれば偽造かどうかは分かるが、免許証の写真がアップされただけでは、本名と本人の写真が使われているかは確定しない。
 このご時世、個人を特定できる身分証をネットに無造作にアップするのは賢い者のすることではない為、それをすること/させることは愚かな行為と言っても過言ではない。つまり、メディアに露出していない一般的な大多数の人のネット/SNS利用に関して、匿名とか実名とかについて言及することはあまり意味がない。実名らしき名前と本人らしき顔写真を使っていたとしても、それが本当に本人のものであるかを確認することは、決して簡単ではない。

 しかし、この場合の「本当に本人のものであるかを確認する術はない」は、全く確認することはできないという意味ではない。インターネット接続業者は少なくなくとも数ヶ月分のアクセスログを保存しており、調べようと思えば大抵の場合は誰による投稿・主張なのかはすぐに身元が割れる。そして、一般的な利用者のSNSアカウントの名前が本名であろうが偽名であろうが大差はなくても、だから人を傷つけることを目的とした主張や、意図的/誤認にかかわらず明らかな嘘、他人の権利を著しく侵害する発言等をしてもよいということにもならない。不適切な発言は顔出し・実名だろうが、匿名だろうが関係なくしてはならない行為である。
 つまり「匿名で言いたい事だけ言ってんじゃねーよ」と言うと、この場合の「匿名で」は、実際には「顔出し実名でだってアウトなのに、更に卑怯なことに責任を追求され難い匿名で」という意味合いだろうが、「匿名でなく実名ならば言いたい事を言いたいだけ言ってもよい」という誤解を生みかねないようにも思う。ツイッターのように一回に投稿できる文字数が制限されているSNSでは、このような誤解が生じる主張が行われやすい。


 匿名と言えば、昨日、「極東のこだま」という名称のTwitter匿名アカウントで、在日コリアン女性に誹謗中傷を繰り返していた神奈川県藤沢市の男性に対して、川崎簡易裁判所が罰金30万円の略式命令を出した、という件が報じられた。自分は、毎日目を通しており、
など、この件について、裁判所の判断が示される前から記事を掲載していたBuzzFeed Japanの、「匿名Twitterで在日コリアン女性を誹謗中傷、男に罰金30万円の略式命令」 という記事で、裁判所が罰金30万円という判断を示したことを知った。


Twitter社が発信者情報の照会になかなか応じなかったことが法的措置の大きなハードルになり、この罰金30万円という略式命令が出るまでに3年半もの時間がかかったこと、被害者からの脅迫容疑での刑事告訴を受けて神奈川県警が容疑者の男を特定し、自宅に捜索に入ったり事情聴取をしたことで、ツイートは止まったが、横浜地検川崎支部は2019年2月に不起訴にしたこと等、SNS運営者や捜査機関の被害を訴える側に冷たい対応にも注目すべきだろう。因みに今回略式命令が示されたのは、検察が脅迫容疑について不起訴にした後、被害者側が今度は「つきまとい」を禁じた神奈川県迷惑行為防止条例違反で告訴したことに対してだ。

 それらも大変重要な視点だが、この投稿の主題は「匿名」である。この記事には、
「極東のこだま」を名乗るTwitterの匿名アカウントで在日コリアンの女性に誹謗中傷を繰り返していたとして、川崎簡易裁判所は12月27日、神奈川県藤沢市の男(51)に罰金30万円の略式命令を出した。
とあり、略式命令を受けた、匿名アカウントで誹謗中傷を繰り返した男性の実名は掲載されていない。匿名アカウントでの卑劣な行為が認定されたのに、なぜBuzzFeed Japanは加害者の実名を掲載しなかったのだろう。男性の匿名性をBuzzFeed Japanが維持する必要はあるのか。
 自分はこの記事を読んでこうツイートした。
30万の罰金で実名も報じられない。司法判断が示されるようになったのは進歩だけど、リスクがこの程度なら抑止効果はそんなに期待できないかも。被害者が受けた仕打ちを考えたら、実名報道されて当然だと思う
BuzzFeed Japanに限らず、日本のメディアでは、誰もが閲覧できる公開ツイートを取り上げる際に、アカウント名やID等、アカウントを特定できる情報がしばしば隠される。多くのSNSには投稿を引用する為の仕組みが備わっており、投稿を引用する際に許可が必要な仕組みにはなっていない。そもそも「引用」とは「転載」とは異なり許可が必要となる行為でもない。誰もが閲覧できる状態のSNS投稿を記事で紹介する際に、わざわざ発信者のアカウント名やIDを隠す必要があるのか。称賛できる投稿を取り上げた記事ではアカウント名等が隠されることは殆どない。隠されるのは大抵、誹謗中傷・差別・偏見等の疑いがある投稿を取り上げた場合だ。個人的には、その種のメディアは一体何に配慮しているのか?という気さえしてしまう。


 因みに、当該案件についていくつかの報道機関の記事内容を調べてみると、

人種差別的投稿で罰金30万円 迷惑行為防止条例違反、川崎 | 共同通信

川崎区検は27日、神奈川県迷惑行為防止条例違反の罪で、藤沢市の池田茂幸氏(51)を略式起訴した。

ヘイト投稿に罰金刑 県迷惑行為防止条例を適用 全国初 | 社会 | カナロコ by 神奈川新聞

池田茂幸氏の投稿は「差別の当たり屋」「川崎の泣き女」という侮蔑から「しね」「ナタを買ってくる」といった脅迫まで数百件に達する。
などは加害者の実名を掲載している。地元紙の神奈川新聞は加害者の行為の卑劣さについても文字数を多く割いている。共同通信の配信を利用した記事は、毎日新聞、東京新聞等、複数の新聞社が掲載していた。
 一方で、

ネット上のヘイト行為に罰金30万円 在日コリアン中傷:朝日新聞デジタル

川崎区検は27日、ツイッターで「極東のこだま」を名乗る男性(51)を、神奈川県迷惑行為防止条例違反(つきまとい等の禁止)の罪で略式起訴し、発表した。

人種差別投稿で罰金30万円 迷惑防止条例違反、川崎 - 産経ニュース

川崎区検は27日、神奈川県迷惑行為防止条例違反の罪で、藤沢市の50代の男性を略式起訴した。川崎簡裁は同日、罰金30万円の略式命令を出した。

ネットのヘイト投稿、罰金30万円の略式命令 在日コリアンの女性「社会正義がやっと示された」 - 弁護士ドットコム

川崎区検は12月27日、藤沢市の男性(51)を神奈川県迷惑行為防止条例違反の罪で略式起訴した。川崎簡裁は同日、男性に罰金30万円の略式命令を出した。

民族差別あおる投稿 条例違反で罰金30万円の略式命令 神奈川県 | NHKニュース

在日コリアンの女性の名誉を傷つけたなどとして神奈川県の50代の男性が迷惑行為防止条例違反の罪で略式起訴され、罰金30万円の略式命令を受けました。
などはBuzzFeed Japanと同様に加害者の実名を掲載していない。つまり、加害者の実名を伏せたのは裁判所や捜査機関ではなく、報道機関が各社の匙加減で実名を掲載したり、していなかったりしていることが分かる。
 また残念なことに、この件についての記事を掲載した在京キー局はNHKのみだった。匿名報道か実名報道か以前に、未だに影響力のあるメディアであるテレビの、大半の局がこの件を報じないことは、この国が如何に少数派に冷たい国かを物語っているように思えてならない


 最後に、この件についての報道が出たのとタイミングを同じくしてタイムラインに流れてきたツイートを紹介しておく。このツイートの内容は、メディアとSNSの関係性、匿名文化と実名報道の関係性を考える上で、無視出来ない視点だ。


 トップ画像は、Photo by Alex Iby on Unsplash を加工して使用した。

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