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筋が通らない話でも強く言い張り続ければ、それで済んでしまう国


 いつのまにか、この国は強引で筋が通らない話でも、強く言い張り続ければ、それで済んでしまう国になってしまった。勿論何事も全てそうとは限らないが、そんな話ばかりが目に付く。例えば、何度も暴言を言い放ちつつ、その度に「誤解が生じたなら謝る」と言い、態度も全く改めず再び同じことを繰り返す副首相はその最たる例だ。そこには反省も謝意もない。「誤解」と言い張るだけで済んでしまっている。済ませてしまっている。

 昨日、1年以上も前の次のツイートに「いいね」がついた。


 これは、埼玉県吉川市障がい福祉課の職員が「時間稼ぎですか?」などと発言し、患者から抗議を受け、市長が謝罪文を公表したことに関するツイートである。ツイートで指摘した通り、かなりいい加減な内容の謝罪文だった。しかし、この件についての続報は、Web検索しても何も出てこない。もしかしたら報じられていないだけなのかもしれないし、当事者がそれで納得したのかもしれない。だが、こんないい加減な謝罪で済むなら、そこに真の反省はなく、再び同じ様なことが起きる恐れを感じてしまう。

 例えば、昨年10月、台風19号が直撃する夜に、台東区の避難所がホームレスの被災者2人の受け入れを拒否していた、という件があった。

ホームレスの被災者を避難所が拒否、SNSでは賛否 台風19号「ハギビス」 - BBCニュース


 この件について、台東区は、
今後、手続きを見直し、住所不定者をどう援助できるかを検討する
とした。
 それからまだ1年も経っていないのに、今度は新宿区で、また同種の事案が起きた。コロナ危機を理由とした緊急事態宣言によってネットカフェが休業を迫られ、その影響で行き場を失ったネットカフェ生活者をホテルに受け入れていたが、本来6/14まではホテルに滞在できることになっていたのに、嘘をついてネットカフェ生活者をホテルから追い出していたのだ。しかもその人数は172人だ。

第524回:千代田区の缶詰、新宿区の嘘、そしてワンコの病気――「弱者」を見捨てさせないために。の巻(雨宮処凛) | マガジン9


 一方は台東区、一方は新宿区の事案である。しかし、どちらも東京都区部の自治体である。つまり、東京都は昨年台東区で起きた件を全く反省しているとは思えないし、改善に繋がっていないのは誰の目にも明らかだ。いい加減に体裁だけ繕う言い逃れを許した結果だ、と指摘されても仕方ない状況だろう。


 日本に「強引で筋が通らない話でも、強く言い張り続ければ、それで済んでしまう国」になってしまった元凶は、間違いなく今の首相と政府、そしてそれを支える与党で、そしてそれを許してしまっているメディア、そして有権者にも間違いなく責任がある。
 現在、国会で主に話題になっているのは、持続化給付金事業委託の不透明さについてだが、それ以外にも10万円給付やマスク配布についても委託の不透明さが話題になっている。だが、その直前には検事長の定年延長問題と賭け麻雀についての処分の問題が話題になっていた。しかしその問題がキッチリ清算されたわけでもない。更にその前にはPCR検査を巡る状況が一向に改善しない問題、緊急事態宣言や一斉休校が必要と判断された基準が不明確な問題などもあったが、それらも全く解決していない。更に、3月以前は桜を見る会の問題が取り沙汰されていたが、それも全く解決していない。
 それ以前にも例えば、森友学園問題に関して財務省で公文書が改竄された件も玉虫色のままだし、現在少しずつ前進しつつあるものの、河井元法務大臣と妻案里議員による買収問題もまだ解決には程遠い。IRカジノ汚職の問題も、秋元議員が逮捕されたものの、他の関係者の責任は全く問われていない。これまでに現政権で不祥事によって職を追われた大臣や議員らに関して、まともに説明して責任をとった者が一体どれだけいるだろうか。そのほとんどが今も議員を続けている。


 こんなにも「強引で筋が通らない話でも、強く言い張り続ける政権」が国を仕切っているのだから、社会がよくなるなんてことはあり得ない。筋が通らない話を強引に言い張って有耶無耶にするということは、反省もなく改善もないということとイコールだからだ。
 しかも、そんな政権を「他よりもよさそう」と言って支持する有権者が、今はやっと半数を切ったが、これまで過半数を超えていたのだ。自分で自分の首を絞めるとはまさにこのことだろう。

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 トップ画像は、Photo by Oleg Laptev on Unsplash を加工して使用した。

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