過去に学び、そこから新たな知識を見出す、ということを表現する「温故知新」という4字熟語がある。この4字熟語は漢文になっていて、訓読すると「故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る」となり、まさに読んで字のごとくな表現だ(温故知新(オンコチシン)とは - コトバンク)。
「過去」には様々なスパンがある。1000年前100年前のような、ほとんどの人が生まれる以前の過去もあるし、先週、昨日、数時間前、数分前のような身近な過去もある。私たちが住んでいる国が70年前に犯した過ちに学び、侵略行為を恥じて戦争を放棄したことも温故知新だし、以前カップ焼きそばの湯切りをする際に、いい加減に蓋を抑えて麺まで流し台にぶちまけた経験から、次は同じ失敗を繰り返さないように丁寧に蓋を持つようにする、なんてこともまた温故知新である。
つまり温故知新には、過去を軽んじて再び同じ過ちを繰り返すのは愚かである、というニュアンスも込められている、と言っても過言ではないだろう。
このコロナ危機の今こそが、まさに温故知新を重んじるべき局面である、ということに異論があるという人がいるのだとすれば、その人は論理的思考をすることができない、というよりほかない。だが今の日本には、この温故知新を軽んじる者が少なくない。特に政治家に。
「こちらはベートーヴェン様の指定席」 岡山シンフォニーホールの新型コロナ対策が粋だった | ハフポスト
これはハフポストが6/15に掲載した、岡山シンフォニーホールが、感染対策の為に大ホールの座席を1席ずつ空けるための張り紙を作る際、一般的な「使用できません」などの張り紙をするのではなく、「お客様が和んで、少しでも楽しめるように、作曲家の顔にしよう」という策を講じた、という話である。
物件を別の目的で手に入れたオーナーが、物件の修繕をしていたところ、周囲の人が映画館が復活すると勘違いしたことから、オーナーが本当に復活させた秋田県大館市の小さな映画館・御成座も、同じ様な施策をアピールしている。
上映再開まで、あと2日。— 御成座 (@OdateOnariza) June 17, 2020
ソーシャル"カワイイ”ディスタンス……はじめます!
明後日からの上映時、ご使用頂けない座席には一点一点全てが違うてっぴーの写真が展示しております。その数なんと89枚!ついにはじまる……着席の間隔を空けるという名の、あからさまなうさぎ写真展!! pic.twitter.com/b9NIEVUZHG
また6/12にフジテレビは、6/19以降に営業再開が可能となるライブハウスについて、政府は「出演者と客の間に2メートルのソーシャルディスタンスを確保する」などとするガイドラインを取りまとめ公表する見通しである、と報じた。
【独自】観客は無言 握手は毎回消毒 ライブハウス新基準
コンサートホールや映画館、劇場版、ライブハウスなどに対応が求められる一方で、流石にコロナ危機以前の平時並みに戻ったとは言えないものの、政府が緊急事態宣言を解除した5/25以降、少なくとも東京近郊の通勤時間帯の公共交通機関は、座席が全て埋まり、立っている人も確実に所謂ソーシャルディスタンスを維持できるような状態でない程には混雑し始めているが、なぜ公共交通機関へは何も規制がされないのだろうか。
コンサートホールや映画館が座席の半分を使用できないようにしたり、ライブハウス等が観客らにソーシャルディスタンスを維持するように求める策を講じなければならないのに、公共交通機関の乗客を乗車定員の50%に制限する措置は必要ないのはなぜか。そこに矛盾を感じずにはいられない。そのようなことに言及しない政府や地方自治体などの行政機関に不信感を覚えるのは当然のこと、問題提起しないメディアにも同様の不信感を覚える。
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北九州 集団感染の小学校 授業中や登下校時などに感染か | NHKニュース
第2波が強く懸念され、また、授業中や登下校のような状況で感染が広がるのなら、尚更のこと公共交通機関の乗客を乗車定員の50%に制限する措置の必要性はあるのではないか。
東京での感染者が再び増えたことを伝える朝日新聞の記事には、
「時期尚早だったのでは」 アラート解除後も広がる感染 [新型コロナウイルス]:朝日新聞デジタル
東京都によると、このホストクラブでは以前にも感染者が確認されており、集団検査を実施して新たにホスト18人の感染が判明した。ほぼ全員が無症状だという。とある。つまり現在市中には無症状の感染者が相応に存在していると考えるのが妥当だろう。無症状の感染者が多いのだから感染が広がっても問題はない、と考える人もいるだろうが、若年者でも重症化して死に至ったケースも既にあるし、高齢者や何か疾患を抱える者や彼らと同居する人、その家族などのことを考えれば、間違ってもそんなことは言えないだろう。
そして、感染が広がっても問題ない、と政府や自治体がもし考えていたとしても、それで公共交通機関の乗客を乗車定員の50%に制限する措置を行っていないのであれば、コンサートホールや映画館、劇場、ライブハウス等にも、策を講じる要請などしなくていいはずだ。つまり、今の行政機関によるコロナ危機対策はどう考えても矛盾に満ちている。
結局のところ、首相や中央政府、一部の自治体とその首長らは、対策しているポーズを取りたいだけで、実効性のある策を行っていない。それは持続化給付金を巡る利権追求からも一目瞭然だし、自衛隊に曲芸飛行させたり、一部の自治体が象徴的な建造物をライトアップしたり、 教育委員会主導で生徒や児童を動員して医療関係者に拍手を送るという、戦前染みたパフォーマンスをやっていることからも強く感じる。
この国の政府や一部の自治体では、温故知新を軽んじ、つまりコロナ危機が生じてからの間のたった数ヶ月間の経験すら教訓にすることが出来ないような、情緒的な人達がその運営を支配している。そしてメディアも同様に温故知新を軽んじ、最早その多くが報道機関ではなく、それらの情緒的な人達の広報機関に成り下がってしまっている。
トップ画像は、Photo by Liam Burnett-Blue on Unsplash を加工して使用した。