原子爆弾投下後に降った、原子爆弾炸裂時の泥やほこり、すすや放射能などを含んだ重油のような粘り気のある雨を「黒い雨」と呼ぶ。原爆投下後の広島で黒い雨の降った範囲は、当時の気象技師の調査などに基づき、爆心地の北西部に1時間以上降った「大雨地域」(南北19km、東西11km)と、1時間未満の「小雨地域」(南北29km、東西15km)とされ、国は「大雨地域」在住の被爆者にのみ健康診断やがんなどの特定疾患発病時の被爆者健康手帳の交付を行ってきた。だが、実際にはその地域よりもはるかに遠い地域でも降雨が報告されており、この基準に対しては批判も多かった(黒い雨 - Wikipedia)。
国の援護対象区域外で原爆投下後の「黒い雨」に遭い、健康被害を訴えている広島県内の原告84人が、被爆者健康手帳の交付を求めていた「黒い雨」訴訟で、広島市と県へ原告全員に被爆者健康手帳を交付するよう命じる判決を、広島地裁が示したのは7/29だった(黒い雨 - blackrain1)。行政側が控訴するのかに注目が集まっていたが、広島市と県は厚生労働省の要請を受け入れ控訴することを8/11に決めた。
これを速報する中国新聞の記事にはこうある。
【速報】「黒い雨」訴訟、広島市と県が控訴方針 | 中国新聞デジタル
複数の関係者によると、厚生労働省は広島地裁の判決について、市と県に控訴するよう要請。市と県は、援護対象区域の拡大を長年国に求めてきた立場から、控訴しない「政治判断」と被害者救済を強く求めていた。厚労省などとの協議を踏まえて、市と県が控訴方針を受け入れたという。
厚労省は広島地裁の判決後、原告全員への被爆者健康手帳の交付は困難と説明。長崎原爆で国の指定地域外にいた「被爆体験者」を被爆者と認めなかった最高裁の2017年と19年の2度の判断や、健康被害を黒い雨の影響とする新たな科学的知見がない点を理由に挙げていた。
つまり控訴は市や県ではなく厚労省、つまり国の意向だ。
これについて首相の安倍が示した見解が余りにも酷く、既にSNSでは各所から「被爆者援護したいなら何故控訴するのか」という指摘・批判が挙がっている。
【速報】「黒い雨」訴訟 控訴について安倍首相が発言|TBS NEWS
因みにTBSは、自社ニュースサイトにはこの40秒足らずの動画を掲載しているのに、何故か同ツイッターアカウントへは、それよりも長い2分27秒の動画を投稿している。何故自社サイトにわざわざ短いバージョンを掲載したのか。全体が10分以上に及んだようなケースなら、分かりやすくダイジェストにする、抜粋することも理解出来るが、たった2分27秒足らずを縮めて掲載する理由が全く見えない。恐らくテレビ放送で用いた映像なのだろうが、尺に限りがあるわけではないWebサイトに、なぜわざわざその短い方を用いたのか。
8/10の投稿で、安倍は記者と癒着した台本通りの質疑応答しかできない、と指摘したが、2分27秒版を見れば、1つ目の記者質問と安倍の応答がそれで、2問目はその外であることが強く推測できる。2つ目の「原告を含む被爆者は高齢化が進み時間がない、控訴判断は多くの原告に失望感を与えるだろうがどう思うか」という質問について、1問目への回答と殆ど同じ内容を繰り返すだけで、質問に答えない。答えないから再度同じことを聞かれる始末である。そしてお得意の、答えていないのに「先程も申し上げましたが、」とあたかも既に答えているかのように同じ言葉を繰り返し、質問を遮るように足早に立ち去る。
このような安倍の対応も酷いものだが、TBSが自社サイトに【速報】として報じた40秒のバージョンでは、見事にその部分が覆い隠されている。ツイッターへ2分27秒版が投稿されたということは、TBSの報道関係者の中にも誠実な者もいるようではあるが、自社サイトでは覆い隠されるということは、首相・政府に都合の悪い情報を載せたくない、放送したくない、と考えている者が、恐らく報道部門の幹部かそれ以上にいるのだろう。
国の控訴方針について、毎日新聞は今日こんな社説を掲載した。
社説:黒い雨訴訟で控訴 被害救済遅らせる判断だ - 毎日新聞
控訴の理由について国は広島地裁の判決が「十分な科学的知見に基づいたとは言えない」と説明している。
一方で、行政が救済の可否を決める根拠となった援護対象区域については拡大を視野に入れ今後、検証するという。
裁判を続ける国の判断は、被害者救済に後ろ向きで、極めて残念だ。援護区域の拡大検討もその理由や実現性に疑問が残る。
だが、首相がぶら下がり会見で示した見解の矛盾については触れられていない。当該会見に関する記事「首相、「黒い雨」訴訟「これまでの最高裁判決とも異なる」 控訴理由を説明 - 毎日新聞」も昨日・8/12に掲載しているが、そちらでも矛盾への指摘はない。
国は我々の死を待っているのか 「黒い雨」訴訟原告 怒りと落胆 - 毎日新聞
このような記事なども毎日は掲載しており、行政の、つまり現政府の控訴方針に概ね強い批判を展開していると言えるだろうが、しかし一方で、安倍が行政府の長・行政判断の最終責任者であるにもかかわらず、またもや口先だけで「寄り添う」などと言って矛盾に満ちた見解を示しているのに、メディアとして最終責任者へ積極的にその責任を追求しようとしていないようにも見える。
視点によっては、TBSや毎日も安倍と同じように、一見威勢はいいが、実際にはポーズだけのようにも見えてくる。
行政府の長が、自分に都合が悪いからと憲法まで無視して議会を開かず、メディアも積極的にその責任不履行を指摘しないならば、最早日本の民主主義は半壊と言っても過言ではないだろう。有権者がそれを見過ごすならば、半壊はやがて全壊となり、近い将来香港のように、そして最終的には中国本土、最悪北朝鮮のような社会になるのではないかと強く危惧する。
トップ画像は、愚木混株 Cdd20によるPixabayからの画像 を使用した。