病院へ行く、という表現にはいくつかの意味がある。怪我や病気のケアの為に病院を訪れる場合も、自分は健康だが誰か入院中の者のお見舞いに行く場合も、医者や看護師などそこで働く者が通勤する場合も、どれも「病院へ行く」だ。つまり病院へ行くと言っただけでは、どんな目的なのかは定まらない。
なぜこんなことが気になったのか。「安倍が2周連続で病院を訪問した」とする記事が出回っているからだ。今朝ツイッターのタイムラインに、毎日新聞がこの表現を用いた記事を掲載したことに違和感を呈するツイートが複数流れてきた。
首相、24日午前に病院再訪へ 17日に「万全期すために検査」 - 毎日新聞
病院を「訪問」って…?? https://t.co/pQwSE8GHlO
— mari (@konimari) August 23, 2020
総理大臣が病院を訪問する、という表現は、検査で病院へ行く際に用いる表現としてあり得ない、とまでは言い難いが、そのような状況を示すのに最も適した表現とも言い難い。総理大臣が病院を訪問する、という表現からまず連想するのは「視察する」という状況であり、「病院を「訪問」って…??」と感じるのことに共感した。
これ、世間じゃ普通「通院」という行為だよね。毎日新聞、最初に「訪問」とかウソな表現をするから2度目を「再訪」と表現しなくてはならなくなった、つまり、「嘘で嘘を塗り固めた」の見本。 https://t.co/kLQskq4PQu
— kaz hagiwara(萩原 一彦) (@reservologic) August 23, 2020
このようにツイートしている人もいた。このツイートを見た時、最初は「通院とは、通勤/通学と同様に、病院へ通うことであり受診の方が妥当ではないか?」と感じたのだが、再訪/2週間連続で病院へ検査へ行く、という状況なので、通院という表現にも妥当性はありそうだ。何にせよ通院や受診という表現の方が、病院を訪問/再訪よりは間違いなく状況を示すのに適していることだけは間違いない。
訪問と訪れるは基本的には同義である。しかし、指摘されているツイートで毎日新聞は、文字数制限に余裕があるにも関わらず、検査という表現を省いて訪問/再び訪問とだけしており、そのような表現は「検査の為病院を訪れる/訪問する」とは異なり、「視察した」というミスリードを誘発する恐れがあるだろう。
どのツイートも毎日新聞の記事を指摘していたし、このブログを投稿するに当たって調べてみると、毎日新聞は前述の朝日と時事の記事にあたる、午前10時頃に掲載した次の記事でも、
安倍首相が慶応病院入り 2週連続 首相周辺「受診は前回の続き」 - 毎日新聞
安倍晋三首相は24日午前、東京・信濃町の慶応大病院を再び訪問した
としていたので、毎日新聞だけの問題なのかと思っていた。
だが、ブルームバーグも毎日新聞同様に「安倍晋三首相が24日午前、東京・信濃町の慶応大病院を2週連続で訪問した」という表現を用いている(安倍首相が慶大病院入り、「追加検査と聞いている」-菅官房長官 - Bloomberg)。毎日新聞とブルームバーグの記事の文面は異なっており、ブルームバーグが毎日新聞の記事を転載したということではない。但し、毎日新聞とブルームバーグは相互に記事を都合する提携関係にあるようで、関係性の近しい記者が記事を書いた可能性はある。
毎日新聞は日本では比較的リベラルな立場のメディアとされているし、ブルームバーグは米国発メディアであり、前述のツイートが指摘しているように、官邸の「あくまでも万全を期すための検査と思わせたい」という思惑に忖度して「通院/受診」という表現を用いた恐れは、自分にはそれ程高いとは思えない。もし官邸の思惑に忖度してそのような表現を用いたのなら、メディアのレベルが低いのは言うまでもないが、忖度抜きにそのようなミスリードを誘発しかねない表現を選んでいるなら、それもそれで報道の質が低いということになるだろう。
表現に全く妥当性がないと言えなくても、他により適した表現があるのに状況を正しく伝えられない恐れのある表現を選ぶことは、記者の資質の低さ、そして校閲があるにも関わらずそのまま記事が掲載されるということは、メディアとしての質の低さを指摘されても仕方がないだろう。しかも、昨今の官邸記者クラブ所属のメディア/記者の、積極的に権力と対峙しようとせずに忖度する姿勢は、比較的リベラルと言われるメディアも含めて指摘/批判されており、この件もその一環だと言われても仕方ないのではないだろうか。
一部で噂されているように、この検査によって安倍が噂通り退いたとする。そしてその後安倍周辺からではなく、少しはまともな者が自民総裁/新たな首相になったとする。で、メディアも少しは正常に戻るとする。でもそれ、はだしのゲンなどに出てくる、戦中政府に迎合してたのに、戦後急に被害者ヅラし始めたおっさんみたいなもので、にわかには信用する気にはならないだろう。そんな深刻な状況が日本にはある。