スキップしてメイン コンテンツに移動
 

コロナを自国民の締め付け強化に利用

 国連の安全保障理事会で北朝鮮の人権状況についての非公式会合が開かれ、日本やドイツなどが「新型ウイルスの感染拡大を利用して国民の人権を侵害している」などと北朝鮮を強く非難した。とテレビ朝日などが伝えている。大前提として、北朝鮮当局が人権弾圧をしているならそれを非難する必要はあるが、果たして日本は他国の人権状況を非難できるような立場の国だろうか。


パンデミック利用し人権侵害…日独などが北朝鮮非難

 少し興味深いのは、この件に関してメディア各社が掲げている見出し、記事で強調している部分が異なっている点だ。

読売/産経/毎日/テレビ朝日が「コロナ危機を国民への締め付けに利用していると非難」を強調しているのに対して、日経/NHK/日本テレビは拉致問題解決を訴えたことを強調している。但し後者のグループの記事でも、一応前者の要素には触れられている。因みに朝日/TBS/フジ/テレビ東京にはこの件に関する記事が見当たらなかった。

 コロナ危機下において、具体的な対策を行わずにお願いに終始するどころか、「国民の気が緩んでいる」などと市民へ責任転嫁したり、感染を拡大させる恐れのある人の移動を促進するGOTOキャンペーンを止めようともしない、感染拡大防止どころか感染拡大促進をしているような国が、果たして他国に「コロナ危機を人権弾圧に利用している」などと指摘・批判・非難できる立場だろうか。 日本政府がやっていることも「コロナ危機の人権弾圧利用」としか思えない。感染拡大による激務を強いられているのに給与はカットされてしまうなど、医療現場の手当が不十分な状況なのに、五輪の中止を決めずに予算を増やしていることも広義では人権侵害の類だろう。
 また、コロナ危機かどうかとは関係なく日本は難民/移民政策に関してかなり排他的であり、またかなり前から、入管の収容施設で不当な長期拘束や人権を無視した虐待が行われている、という批判/批判が国内外からされていて、国連の人権関連の委員会などから繰り返し是正勧告を受けている。そんな日本に果たして他国は人権状況を批判/非難できる立場なのだろうか

上川法相、詭弁はやめてください―「難民鎖国」正当化する官僚作文の嘘に徹底反論(志葉玲) - 個人 - Yahoo!ニュース

 先ほどダースレイダーさんがこんなツイートをしていた。

確かに、この指摘に関して、北朝鮮当局が前述のようなことを根拠に日本に対して「お前が言うな」と言えば、指摘から話を逸らしているだけということにもなりそうだが、第三者による「他人のことを指摘するわりにお前も出来てないじゃないか」という指摘には間違いなく合理性があり、今のままでは日本は他国/他地域からそんな風に言われかねない状況である。

 いじめの全くない学校や会社、差別や偏見の全くない社会や国なんてのは追求すべき理想ではあるが、ほぼ不可能なものでもある。つまり、人権侵害が全くない国なんてのもまた同様であり、どこの国や社会にも少なからず人権侵害がある。だが、国内外から人権軽視を指摘をされても認めようともせず、改善する姿勢の見られない国に、他国の人権侵害をどうこう言っても説得力は感じられない。何故ならそれは「自分のことを棚に上げる」行為にほかならないからだ。

 

 トップ画像は、 LEEROY AgencyによるPixabayからの画像 を加工して使用した。

このブログの人気の投稿

フランス人権宣言から230年、未だに続く搾取

 これは「 Karikatur Das Verhältnis Arbeiter Unternehmer 」、1896年ドイツの、 資本家が労働者を搾取する様子を描いた風刺画 である。労働者から搾り取った金を貯める容器には、Sammel becken des Kapitalismus / 資本主義の収集用盆 と書かれている。1700年代後半に英国で産業革命が起こり、それ以降労働者は低賃金/長時間労働を強いられることになる。1890年代は8時間労働制を求める動きが欧米で活発だった頃だ。因みに日本で初めて8時間労働制が導入されたのは1919年のことである( 八時間労働制 - Wikipedia )。

同じ規格品で構成されたシステムはどこかに致命的な欠陥を持つことになる

 攻殻機動隊、特に押井 守監督の映画2本が好きで、これまでにも何度かこのブログでは台詞などを引用したり紹介したりしている( 攻殻機動隊 - 独見と偏談 )。今日触れるのはトップ画像の通り、「 戦闘単位としてどんなに優秀でも同じ規格品で構成されたシステムはどこかに致命的な欠陥を持つことになるわ。組織も人も特殊化の果てにあるものは緩やかな死 」という台詞だ。

馬鹿に鋏は持たせるな

 日本語には「馬鹿と鋏は使いよう」という慣用表現がある。 その意味は、  切れない鋏でも、使い方によっては切れるように、愚かな者でも、仕事の与え方によっては役に立つ( コトバンク/大辞林 ) で、言い換えれば、能力のある人は、一見利用価値がないと切り捨てた方が良さそうなものや人でも上手く使いこなす、のようなニュアンスだ。「馬鹿と鋏は使いよう」ほど流通している表現ではないが、似たような慣用表現に「 馬鹿に鋏は持たせるな 」がある。これは「気違いに刃物」( コトバンク/大辞林 :非常に危険なことのたとえ)と同義なのだが、昨今「気違い」は差別表現に当たると指摘されることが多く、それを避ける為に「馬鹿と鋏は使いよう」をもじって使われ始めたのではないか?、と個人的に想像している。あくまで個人的な推測であって、その発祥等の詳細は分からない。

マンガの中より酷い現実

 ヤングマガジンは、世界的にも人気が高く、2000年代以降確立したドリフト文化の形成に大きく寄与した頭文字Dや、湾岸ミッドナイト、シャコタンブギなど、自動車をテーマにしたマンガを多く輩出してきた。2017年からは、頭文字Dの続編とも言うべき作品・MFゴーストを連載している( MFゴースト - Wikipedia )。

世界は欧米だけじゃないし、外国人は白人だけじゃない

 このブログでも何度か取り上げている所謂外国・外国人バラエティ番組。自分は基本的に外国人を扱うバラエティ番組が好きだ。日本に来る・来てはいないが興味を持っている外国人を紹介する番組などでは、日本に住んでいると当たり前過ぎて意識しないような事や、日本人が見落としている自国文化などを再確認・再認識できるからだ。  カメルーン人の母と日本人の父の間に生まれ、現在タレント・漫画家などとして活動している星野ルネさんが、11/25にこのようなマンガをツイッターへ投稿している。 何に興味を持ち、それが人をどこへ運ぶのか、気がついたらこんなところまで来てたなって感じがいいですね。フォローで応援、気がついたらここにいましたね。リツイートで誰かが打楽器を叩きます。いいねで子供が綺麗な石を発見します。 #漫画   #エッセイ   #音楽   #嗜好   #ローマ   #江戸   #宇宙人 pic.twitter.com/rP8vb6sQhS — 星野ルネ (@RENEhosino) 2018年11月25日 その国の人が自国の事に詳しいとは限らない、というのは世界共通のあるあるのようだ。また、日本にいる外国人を取り上げた番組だけでなく、外国に出向いてその国に住んでいる日本人を取り上げたり、日本に興味を持つ人を取り上げるタイプの番組も、日本ではあまり知られていない他国の文化等を紹介してくれるので興味をそそられる。