トンネルビジョンとは、読んで字の如くトンネルの中での視野のように、ある一点だけを集中的に見ている状態を意味する。トンネル・ビジョン (思考) - Wikipedia では、自分の好む考え方とは異なる他の可能性を考慮しようとしない姿勢を意味する隠喩表現、と説明している。また、「日本語では、視野狭窄の罠、視野狭窄症、直線思考などと翻訳されることがある。また、狭量、偏狭を意味する表現とも説明される」ともある。
視野狭窄とは、視野障害の一種である。視野狭窄とは - コトバンク では、「緑内障や網膜色素変性症、脳梗塞などの脳血管障害により視野が狭くなる疾患で、日本人の視覚障害の約4割を占めるといわれている。中心の視力は保たれたまま徐々に進行するため、気付かない場合が多い」と解説している。それら以外に、ヒステリーが原因になると解説されている場合もある(求心性視野狭窄の症状,原因と治療の病院を探す | 病院検索・名医検索【ホスピタ】 / 目の事典・目の疾患)。
ヒステリーとは、感情的葛藤が原因となって起こる神経症の一種で、実際に病気ではないのに痛みや運動・知覚の麻痺、発熱・嘔吐などのほか、健忘などの精神症状を訴えるもの(ヒステリーとは - コトバンク)で、ヒステリーによって生じる症状に視野狭窄(視野欠損)も上げられている。
トップ画像を見てもらえたら、一体何が言いたいのかは一目瞭然だろう。現在の日本政府と組織委などオリンピック関係者に、視野狭窄やヒステリーの症状がみられる、ということだ。因みにヒステリーとは、 感情・関心・利害が共通する学友・寮仲間・小集落の住民・宗教団体などの、親密な関係をもつ小集団内で発端者がなんらかの症状を呈しすと、それが他の構成員につぎつぎと伝播する場合がある。続発者から更にその集団以外の人に伝播することもある(集団ヒステリーとは - コトバンク)。つまりヒステリーは人に伝染するということだ。言い換えれば、現在、政府・与党・オリンピック関係者に集団ヒステリーが発生している状態と言えるのではないだろうか。
前首相 安倍・現首相 菅「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証として東京で五輪を開催」、組織委会長 森「神様がどれだけ味方していただけるか」「あとは毎日毎日神様にお祈りする。天を敬う。それしかない」自民幹事長 二階「世界中の子供たちの笑顔と希望につながると確信している」など、オリンピック関係者は最早論理的な話をしていない。これを視野狭窄と呼ばずに何を呼ぼうか。
- ウイルスに打ち勝つ算段をすっ飛ばして勝った証と言っている首相
- 感染症対策を後回しにした五輪開催が子どもの笑顔や希望になるという与党幹部
- 最早神頼み一辺倒な組織委会長
どれもハッキリ言ってまともじゃない。以前から書いているように、オリンピック真理教を妄信する指導者たちとしか言いようがない。
IOCはオリンピック真理教と一心同体のようだが、それでもまだ日本のオリンピック真理教よりはいくらかマシで、1/17に名誉委員のケバン ゴスパーが、国連に開催可否の判断を委ねる可能性を示した(新型コロナ: 五輪開催の可否、国連が判断? IOC名誉委員が指摘: 日本経済新聞)。但しこの姿勢も、どれだけ中止判断を示す責任を逃れたいのか、という感しかなく、決してIOCもまともとは言いようがない。
1/22、イギリスのタイムズ紙が、日本政府は、新型コロナウイルス感染症流行のため東京五輪を中止せざるを得ないと非公式に結論付けた。政府は2032年五輪の東京招致に照準を合わせる という内容の記事を掲載した(日本政府、コロナのため五輪中止が必要と非公式に結論=タイムズ紙 | Reuters)。
Japan looks for a way out of Tokyo Olympics because of Covid | News | The Times
日本の関係者はこれを躍起になって否定している。しかし否定の仕方は酷く、ただ「そんな話はない」と言い張るのみで、開催できることの合理的且つ明確な根拠を示せている者は誰もいない。
菅首相が東京五輪開催に「決意」 英紙の大会中止報道受け 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News
政府においては、菅総理が大会開催への決意を示しておられ、また、コロナ対策調整会議を設置し、大会開催のために徹底的なコロナ対策を講ずることを主導いただいている(組織委)
新型コロナ: 政府、英紙の五輪中止報道を否定: 日本経済新聞
そのような事実はないときっちり否定したい(坂井学官房副長官)
「菅が開催への決意を示している」ことを組織委は中止はないことの理由に挙げたが、菅が官房長官を務め、基本的に路線を継承すると公言している前内閣の首相 安倍は、拉致問題解決、北方領土問題解決、女性活躍の実現など、幾度も決意表明を繰り返していたが、その決意は結局決意だけで終わっている。つまり決意だけでは決して合理的な根拠になり得ない。内閣は根拠すら示せずにただただ否定しただけだ。
スポーツニッポンによると、五輪担当大臣で元五輪選手でもある橋本 聖子は、この記事の件に関して「そういう報道があったことは承知しておりません」と述べたそうだ(英紙が東京五輪中止報道、橋本聖子氏「報道を承知しておりません」― スポニチ Sponichi Annex スポーツ)。瞬く間に話題になった話なのに「報道があった事すら知らない」なんて、担当大臣なのによくも平然と言えたものだ。橋本は「私はアンテナの感度が悪い」「世論などは全く気にしていない」と言っているも同然である。なぜそんな者が大臣に任命されているのだろうか。果たして五輪担当大臣というポストは本当に必要なのだろうか。
IOCが開催可否判断を委ねる可能性を示唆した国連の専門機関であるWHOで、緊急事態対応を統括するライアン氏は1/22に、
五輪開催の是非は、科学的な根拠や、その時点での危険性に基づき決断しなくてはならない。新型コロナ感染拡大を抑え込むことが開催に向けた最善の道
との考えを示している(WHO、五輪決断は科学的根拠で 感染拡大抑え込みが「最善の道」 | 共同通信)。どう考えてもこれがまともな、というか至極当然の判断だろう。五輪開催はワクチン接種を前提としないと言いつつ「開催は人類がウイルスに打ち勝った証」と言ってみたり(菅首相、五輪開催はワクチン普及「前提としない」 接種の管理は「マイナンバーの活用を検討」:東京新聞 TOKYO Web)、感染症対策を後回しにした五輪開催が子どもの笑顔や希望になるから開催すると言ってみたり、ただただ神頼みに終始する、日本のオリンピック真理教の面々とはえらい違いである。日本のオリンピック真理教の面々には科学的根拠や、開催した場合の危険性を考慮した判断は全く見られない。
仏リベラシオン紙 / ラジオ・フランス 特派員のフランス人記者・西村 カリンさんが、こうツイートしている。
なぜ日本の政治家は事実を言えないのか?いつも同じ。「解散総選挙 ?
— Karyn NISHIMURA / カリン 西村 (@karyn_nishi) January 22, 2021
全く考えていない」、「緊急事態宣言 ?
考えていない」「オリンピック中止 ?
考えていない」。
なぜ考えていなかったことを突然決めるの?
いい政治家ならちゃんと考えた上で判断するはず。
これは小学生でもわかる矛盾だ。なぜそんなあからさまな矛盾が公然とまかり通っているのかと言えば、日本の有権者がその矛盾を政治家にツッコまないから、メディアがその矛盾を突き付けずに放置しているからだろう。「政治家はそういうもんだ」みたいにスカしてる方がカッコいいみたいな風潮があるからそんなことになっている、という側面もあるだろう。つまり有権者が矛盾した政治・政治家を許してしまうからでもあり、言い換えれば、日本の有権者の大半が、そのような政治家と同質だからでもある。
この投稿ではオリンピック真理教に関して書いてきたが、それに限らずコロナウイルスへの対応や、コロナ危機以前の政治でも、西村さんも指摘しているように、矛盾が複数あった。いや、矛盾だらけだったという方がより正確だろう。
つまり、集団ヒステリー/視野狭窄に陥っているのは政治家だけではなく、日本の有権者のおよそ半数程度も同じ症状を抱えていると言えそうだ。