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不平不満を抑え込む国の暗い未来

 何の心配もなく毎日を過ごしたい。しかしそれを実現することはかなり難しい。細かいことから大きなこと、日々何かに追われて生きている。1つ1つそれらをこなしても、次から次へと新たな目標や締め切りやノルマが現れる。それがずっと一生続くのかと思うととても陰鬱な気分になる。


 毎日、目覚まし時計に起こされるがその毎に、スイッチを切ってそのまま二度寝したいと思う。そう思うのは睡眠時間が充分ではないからだろう。しかしそれをするとほぼ確実に遅刻をすることになる。ダルい体を引きずり、眠い目をこすって家を出て、乗りたくもない満員電車に乗り職場へ向かう。仕事も大抵予定通りには全くいかない。勿論自分の見積の甘さがそれを引き起こすこともあるが、誰かの見積の甘さ、いい加減さのとばっちりをくらうこともしばしばである。そうやって締め切りが厳しくなったり、新たな調整が必要になったりと、何の心配もなく仕事が進められるなんてことはまずない。
 そのような調整ごとをこなすことがある意味自分の存在価値であり、そのようなイレギュラーが起きなければそもそもそこに仕事が発生しないという側面もあるが、その割には、もらえる対価が責任に対して少なくないか? という気もする。何かあれば雇い主は簡単に自分の首をとばすだろう。相応な対価が貰えるならば、心配ごとが増えることも決してストレスだけにはならず、場合によってはモチベーションにすらなりそうだが、現実はそうじゃないから、陰鬱な気分というストレスが溜まっていく

 社会に出たての頃は、自分にスキルが足りないから心配ごとが多く感じられるだけで、成長と共に心配ごとは減っていくのだと思っていた。しかしそう思っていた頃から既に15年以上が経過しているが、そのような感覚は全くと言っていい程変わっていない。そして貰える対価も驚くほど増えない。
 自分の両親は、現在の自分の年齢の頃には既に複数の子どもを養っていたが、今の収入では全くそんなことが出来る気がしない。多くの人が自分と似たような感覚を持っているから、この国は少子高齢化に歯止めがかからないんだろう。心配ごとがあまりにも多過ぎることは少子高齢化の大きな要因でもあり、産まない奴が悪いなんて言う政治家は本当に狂っている。人間とは思えない。

 昨夜は DOMMUNE で #WeNeedCulture at DOMMUNE #失くすわけにはいかない を見ていた。音楽や映画や演劇、美術など文化芸術に関わる人達が、国の支援があまりにも少なく苦境に立たされていることを訴える番組だ。
 番組の主体である団体・#WeNeedCulture は、文化芸術分野への公的支援についての公開質問状を 菅 義偉内閣総理大臣、麻生 太郎財務大臣、萩生田 光一文部科学大臣、梶山 弘志経済産業大臣、宮田 亮平文化庁長官、山口 那津男公明党代表の6名に質問状を送付し、回その回答を番組終盤で紹介した。その回答があまりにも酷すぎた。
 まず、質問の内容についてだが、設問は全部で4つだった。

【質問1】
文化芸術分野への支援策は、コロナ収束後を見越した、新たな取り組みへの経費補助です。これらの支援策では前払いがないため、既に廃業寸前の文化芸術関係者は経費を立て替えることができず、申請すらできません。なぜ今を支えるための使途を問わない給付型の支援ができないのでしょうか?

【質問2】
この一年、公演上映の中止、客数を50%以下に制限するなど活動を制限して感染拡大防止に協力してきました。現在も文化芸術関係者の多くは法律に基づかない「働きかけ」によって夜8時以降の活動を自粛せざるをえない状況です。しかしそれに対する協力金は支払われておりません。なぜでしょうか

【質問3】
文化庁の例年の年間予算はおよそ1000億円です。支援の範囲も狭く、これまでライブハウスやクラブ、ミニシアターといった民間の小規模文化施設は支援対象にすらなっていませんでした。諸外国では存続のための緊急支援を政府が率先して行っています。政府ができることはなんだと思いますか?

【質問4】 現在厳しい状況にある文化芸術団体、文化芸術のフリーランスの担い手などの文化芸術関係者へのメッセージをお願いします。

 これに対して、山口以外の6名は、文化庁がまとめて回答するという体裁で、1つの回答しか返ってこず、つまり山口の回答とそれ以外6名分で1つの、2つの回答が番組の内で紹介された。つまり菅をはじめとした閣僚は、それぞれ自分の言葉で答えることをしなかったということである。また、どちらの回答も、4つの設問設定を無視した、全く質問内容に答えているとは言い難い回答だった。
 今のところ、回答は番組内で紹介されただけで、#WeNeedCulture のサイト やSNS等には掲載されておらず、DOMMUNEは原則的にアーカイブを公開していないので、詳細を紹介することは出来ない。しかし自分と同じように感じた人がSNSへその旨の投稿をしている。

 当初ライブハウスやクラブがまるで感染拡大の元凶かのように言われ、コロナ危機到来直後から音楽系ナイトビジネス界隈は苦境に立たされた。その後は最初の緊急事態宣言で人の集まる業種全般が休業を強いられ、廃業という選択を余儀なくされた人達も少なくない。もし自分がその界隈の当時者だったら、恐らく早々に心が折れてしまったことだろう。もう約1年も蔑ろにされ続けているのに、それでも声を上げ続けている人達には本当に恐れ入る。

 投稿の冒頭で、細かいことから大きなこと、日々何かに追われて生きている。1つ1つそれらをこなしても、次から次へと新たな目標や締め切りやノルマが現れる。それがずっと一生続くのかと思うととても陰鬱な気分になる。と書いたが、そのようなストレスを軽くしてくれる、一時忘れさせてくれるのが音楽であり映画であり演劇であり、その他の芸術作品であり、エンターテインメント全般である。
 どうもこの国では、耐え忍んで我慢することが美徳であり、不平不満を言うのは美しくないとするような風潮がある。しかし、不平や不満を言わずに我慢することは、間違いなく精神衛生にとって良くない。また、不平や不満を吸い上げてより良い社会を実現するのが政治の役割であり、つまり不平や不満がなければ社会は発展しない。

 我慢を過度に賛美としてきた国のなれの果ての姿が、国民の多くがストレス過多に陥り、子どもをもうけようという気にもなれないような今の日本だ。


-追記-

DOMMUNEで2/18の放送アーカイブが公開された。以下がそれで、#WeNeedCulture の公開質問とその回答の部分から再生するように設定してある(設定が反映されない場合は、およそ5:08:10頃から)。


 トップ画像は、Photo by zoe tyson on Unsplash を加工して使用した。

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