スキップしてメイン コンテンツに移動
 

ツイッターアイコン更新しました


 思うところあって、ツイッターのアイコンとバナーを更新した。


 アカウント開設以来、今まで使ってきたアイコンをバナーに移して、アイコンを写真にしてみた。これまで使ってきたアイコンは、日の丸をモチーフにした赤い円に、JAPANの鏡文字をあしらったものだった。Tulsa Birbhumという名前だが日本人である、という意思表示であり、また、極端に左側の人に対する距離感を日の丸で、極端に右側の人との距離感をJAPANの鏡文字で示してもいた。鏡文字のJAPANは、隠蔽改竄捏造、憲法無視、民主制を蔑ろにしようとする現日本政府、つまり自民党政権に対する反抗心も示していた。

 このようなアイコンを用いたことの影響は、これまでに少なからず感じていたが、厳密に言えば、他のアイコンを使った経験がない為、感じていた影響が果たして本当に当該アイコンを使用していたことによるものなのか定かでなく、ならば一度別のアイコンに変えてみよう、という考えに至った。
 どんなアイコンを新たに設定しようか、といくつかの案を考えてみたのだが、一番ニュートラルな写真を使ってみることにした。ただし、新たにアイコンに用いた写真が、本人であるかについては明言しない。それは、今回検討したいくつかの案の中に、「女性を匂わせるアカウント名/写真のアイコンにすると、クソリプが山ほど届く」という話を実際に体験する為に、女性の写真を使う案もあったからだ。ここでこれが本人の写真と明言しても、後で「本当は女性でした」と覆して女性の写真をアイコンにすることも可能だが、嘘を吐くのは好きじゃないので敢えて濁しておくことにする。

 なので、またいつかアイコンを変えることがあるかもしれない。但し、ほんの数日このアイコンを使っただけでは、アイコンを変えたことによる変化を実感することはできないだろうから、少なくとも1年程度はこのアイコンを使うことになるだろう。


このブログの人気の投稿

マンガの中より酷い現実

 ヤングマガジンは、世界的にも人気が高く、2000年代以降確立したドリフト文化の形成に大きく寄与した頭文字Dや、湾岸ミッドナイト、シャコタンブギなど、自動車をテーマにしたマンガを多く輩出してきた。2017年からは、頭文字Dの続編とも言うべき作品・MFゴーストを連載している( MFゴースト - Wikipedia )。

同じ規格品で構成されたシステムはどこかに致命的な欠陥を持つことになる

 攻殻機動隊、特に押井 守監督の映画2本が好きで、これまでにも何度かこのブログでは台詞などを引用したり紹介したりしている( 攻殻機動隊 - 独見と偏談 )。今日触れるのはトップ画像の通り、「 戦闘単位としてどんなに優秀でも同じ規格品で構成されたシステムはどこかに致命的な欠陥を持つことになるわ。組織も人も特殊化の果てにあるものは緩やかな死 」という台詞だ。

フランス人権宣言から230年、未だに続く搾取

 これは「 Karikatur Das Verhältnis Arbeiter Unternehmer 」、1896年ドイツの、 資本家が労働者を搾取する様子を描いた風刺画 である。労働者から搾り取った金を貯める容器には、Sammel becken des Kapitalismus / 資本主義の収集用盆 と書かれている。1700年代後半に英国で産業革命が起こり、それ以降労働者は低賃金/長時間労働を強いられることになる。1890年代は8時間労働制を求める動きが欧米で活発だった頃だ。因みに日本で初めて8時間労働制が導入されたのは1919年のことである( 八時間労働制 - Wikipedia )。

話が違うじゃないか

 西麻布に Space Lab Yellow というナイトクラブがあった。 一昨日の投稿 でも触れたように、日本のダンスミュージックシーン、特にテクノやハウス界隈では、間違いなく最も重要なクラブの一つである。自分が初めて遊びに行ったクラブもこのイエローで、多分六本木/西麻布界隈に足を踏み入れたのもそれが初めてだったと思う。

馬鹿に鋏は持たせるな

 日本語には「馬鹿と鋏は使いよう」という慣用表現がある。 その意味は、  切れない鋏でも、使い方によっては切れるように、愚かな者でも、仕事の与え方によっては役に立つ( コトバンク/大辞林 ) で、言い換えれば、能力のある人は、一見利用価値がないと切り捨てた方が良さそうなものや人でも上手く使いこなす、のようなニュアンスだ。「馬鹿と鋏は使いよう」ほど流通している表現ではないが、似たような慣用表現に「 馬鹿に鋏は持たせるな 」がある。これは「気違いに刃物」( コトバンク/大辞林 :非常に危険なことのたとえ)と同義なのだが、昨今「気違い」は差別表現に当たると指摘されることが多く、それを避ける為に「馬鹿と鋏は使いよう」をもじって使われ始めたのではないか?、と個人的に想像している。あくまで個人的な推測であって、その発祥等の詳細は分からない。