スカイライン開発中止という報道が、今月・2021年6月にあった。日産はすぐにそれを否定したが、世界的にセダンやクーペの人気がSUVに奪われていること、日産の業績、トヨタの代表的なセダン・クラウンですら販売が伸びず、SUV化の噂が囁かれていることなどを考えれば、その話に全く現実味がないとは言えない。
スカイライン開発中止: 日本経済新聞
クラウンは今でも基本的に日本向けモデルだし(中国でも売っているので専売ではない)、スカイラインも且つては日本専用モデルだった。だから現在、特に1990年代のスカイライン・R32/33/34 が、クラシックカーの領域になって欧米では優遇措置を受けられるようになったこともあり、世界的にも絶大な人気を博している。その影響で、15年前なら、R32型ならトップグレードのGT-Rでも、100万以下で中古車が手に入ったのに、今は少なくともその3倍以上出さないと買えなくなっている。
日産はバブル崩壊のあおりを受け、1990年代後半経営がかなり厳しくなり、それをカルロス ゴーンが建て直したことは、今の30代以上なら誰でも知っているだろう。ゴーンが日産の経営に関わる以前、日産は経営合理化の為に、同社を代表する車種であるスカイラインとフェアレディZの歴史を終わらせようとしていた。それらの車種を断絶の危機から救ったのがゴーンだった。
これらのエピソードから考えても、スカイラインは日産を象徴する車種であることは明白だ。但し、R34以降のスカイラインは、日本専売車種ではなく、日産の北米市場向け高級ブランドであるインフィニティのミドルクラスセダン/クーペの日本版となり、またそれまでトップグレードだったGT-Rも別車種として分離した為、若干影が薄くなってしまったことは否めない。スカイラインクーペに関しては、インフィニティではスカイラインクーペに当たるモデルを今もラインナップしているものの、日本では2015年に販売を終えた前モデルからモデルチェンジせず、ラインナップ落ちしている。
- 【スカイラインは存続も】あっても売れない国産セダン かつての「主役」なぜ危機? | AUTOCAR JAPAN
- 日産・スカイライン - Wikipedia
- 日産・スカイラインGT-R - Wikipedia
- 日産・GT-R - Wikipedia
- インフィニティ・G - Wikipedia
- インフィニティ・Q50 - Wikipedia
- インフィニティ・Q60 - Wikipedia
なぜ日産がスカイラインの開発を止め、SUVやEVへ注力するという話が出てくるのか。端的に言って売れていないからだ。需要があれば日産は開発を止めない。
2018年に、フォードが北米で販売する車種を、2020年までに2車種を除いてSUVとピックアップトラック、商用車に絞る、と報じられた。そして実際に、フォードの北米ラインナップのSUV/ピックアップトラック/商用車以外の車種は、マスタングとフュージョンだけになっている。
- CNN.co.jp : フォード、セダン系は2種類のみに トラックやSUVに注力
- Ford® - New Hybrid & Electric Vehicles, SUVs, Crossovers, Trucks, Vans & Cars
フォードの北米戦略は最も顕著な例ではあるが、SUV(地域によってはピックアップトラックも含む)へのシフトは世界的なもので、BMWやアウディだけでなく、今やランボルギーニやロールスロイスでさえSUVをラインナップしており、フェラーリのSUVももうじき発表されると言われている。世界的に売上が厳しい日産が、死筋のセダンやクーペを諦めるのではないか、というのは、フォードの例を考えれば順当な予測だ。
前述の通り、スカイラインは日産、いや日本を代表する車種であり、その歴史が終わるとなると、それを嘆く人は決して少なくない筈だ。しかし、開発中止・販売終了を嘆くくらいなら、そうならないように買い支えればいい。
2017年、明治製菓の定番スナック菓子だったカールの、東日本での販売終了が発表され、惜しむ声が高まった。「カール、東日本での販売終了。ポテト系スナックの優位に苦しむ | ハフポスト」によれば、ポテト系スナックにおされ長期的に販売が低迷していたそうで、全面的販売中止も検討されたが、その長い歴史を鑑み、それまで5つの工場で生産していたのを1つに絞ることで存続させ、その結果、チーズとうすあじに絞って西日本限定、という苦肉の策を講じることになったそうだ。
老舗デパートの閉店や遊園地の閉園などの際にも、同じ様に惜しむ声が上がるが、消費者の買い支えが足りなかったからそんな結果に繋がる、という点は、どれも同じである。
BMWやアウディ、メルセデスベンツは、Cクラスや3/4シリーズなどDセグメントのセダン/クーペから、Sクラスや7/8シリーズのFセグメントまで、今もラインナップ、新モデルリリースを続けている。つまりSUV人気が高まっていると言っても、セダンやクーペに全く需要がないわけではない。そして売れる車種は存続する。
スカイラインに関して言えば、1990年代に日本専売では車種を維持できなくなり、2000年以降の主な市場は日本と北米だった。現在北米でも売上は落ちいてるものの、大きく足を引っ張っているのは、現行モデルでクーペがカタログ落ちしていることからも分かるように、間違いなく日本市場だ。2つの主要市場のうち片方が劇的に悪化したら、車種存続が危ぶまれるのも当然だろう。
BMW 3シリーズを例に、新車価格について考える。1998年に発売されたE46型の最廉価グレードの価格は358万円、現行モデルG20型の最廉価グレードは489万円、E46型の最上位グレードM3の価格は800万円、G20世代のM3・G80型は1324万円である。このような価格の変化は同モデルに限った話ではなく、輸入車全般の傾向で、この20年あまりの間に新車価格が1.5倍程度上がった。
自動車が世界的に高価になったのか。近年は様々な安全支援機能・ハイテク機能が増えており、その開発費が価格に反映される為、それで自動車の価格が上がった側面もあり、その意味で言えば高価になったとも言えるだろうが、先進国で考えると、どこの国も賃金はこの20年で1.2-1.3倍程度に増えており、若干車が高価になったとは言えるものの、1.5倍になったわけではない。しかし日本は他の先進国と違って、この20年で賃金が変わっていないどころか寧ろ減っている。日本だけは、この20年で車が1.5倍程度高価になったと言える。
価格の上昇は輸入車に限らない。1994年に登場したアルト4代目の最廉価グレード価格は49.8万円だった。現行型の最廉価グレードは73.7万円だ。これは商用向けグレードである。ワゴンRで比較すると、1998年に登場した第2世代の最安価格が5MTで69.8万円、3ATだと93万円だった。現行型最廉価モデルは5MTで109.9万円、CVTは116.4万円だ。1998年の最上位グレードは115.7万円(4WD)、現在は154.5万円(ハイブリッド/4WD、非ハイブリッド4WDでも128.9万円)である。なるべく条件は近づけたが、グレード構成が大きく変わっていることもあって、価格上昇率には幅がある。だがそれでも、国内向けに日本で生産している軽ですら、その価格は間違いなく上昇している。
にも関わらず、消費者の収入は変わらない、若しくは減っているんだから、日本で新車販売が伸びない、売れるのが安い軽ばかりになるのは、当然の成り行きだ。若者の車離れと言われて久しいが、車離れの前に、車に興味があっても買うだけの経済力がないのが実状である。手の届かないものからは当然興味も薄れる。悪循環に拍車がかかる。しかし一方で、大企業の内部留保はこの10年過去最高になっている。そして今も政治は大企業優遇政策を続けている。
これらのことを総合すると、スカイラインやクラウンなど、日本を代表する、日本を象徴する車種の存続を望むのなら、消費者が買い支えられる社会にする必要がある、ということだ。
現在の大企業優遇政策が続く限り、いつまで待ってもそうはならない。それは、この8年間が証明している。2013年から始まった、アベノミクスとやらは、富裕層や大企業限定の劣化バブル景気をつくったに過ぎない。その他大勢を犠牲にして。そして既にそのバブルははじけている。株価は上昇しているのに何を言っているんだ、と言う者もいるだろうが、昨年始まったコロナ危機によって明らかに経済が停滞しているのに、それでも株価だけは落ちないのだから、最早株価は実態経済とは連動しておらず、有効な経済指標として機能していないのは明白だ。
もっと分かりやすく言えば、自動車界、車好きには積極的・消極的に関わらず、自民党支持者が多いが、自民党を支持することは、スカイラインやクラウンのような車種の息の根を止めることに繋がる、ということである。