前オリンピック大臣で、現在はオリンピック組織委員会会長の橋本 聖子は、8/8の東京オリンピック閉幕に際して会見を開き、「全体として大きな問題が起きることなく閉幕の日を迎えた」と述べたそうだ。問題が起きなかった? そもそも開催前から問題が起きまくっていて、前会長森の女性蔑視発言の結果、自分が組織委員会会長になったことを忘れたのだろうか。
東京オリンピック 橋本会長「大きな問題なく閉幕の日を迎えた」 | 毎日新聞
その発言は、開催中に限定した認識なのかもしれないが、全体とは何だ?開催中だけがオリンピックの全体か?競技場の中だけがオリンピックの全体なのか?
開催都市東京で、開催期間中にこれまでで最悪の新規感染者が確認されているのに、大きな問題はなかった?
橋本の顔には、競走馬などが付ける遮眼帯/ブリンカーがついていて、目の前の競技しか目に入らないのだろう。
競技や大会関係者だけに限定したって大きな問題がなかったとは言えない。関係者から400人以上の感染が確認され、公道を使用する競技には多くの人が集まり、開閉会式でも競技場周辺に人が集まっていた。新型コロナウイルスの感染拡大初期から、国や都は過密状態を避けろと言ってきた。オリンピックが過密状態を招いているのだから問題大ありじゃないか。やはり橋本の顔には遮眼帯がつけられているとしか思えない。
毎日新聞の見出しは「大きな問題なく閉幕の日を迎えた」だったが、東京新聞の見出しは少しニュアンスが異なる。
五輪組織委・橋本会長「完全だったかというとそうではないが…」 閉幕で会見:東京新聞 TOKYO Web
東京新聞の記事では橋本の発言はこう紹介されている。
安全安心を確保しながらやるのは難しかった。完全だったかというとそうではないが、全体的には評価をいただいたと思う
橋本氏は大会関係者の感染状況について「大きな問題はなかった」と総括した、とも書かれていて、内容自体は毎日新聞の記事とそれ程さはないが、見出しでこんな風に印象が変わるのは興味深く、幾つかのメディアの記事に目を通すことの重要さを再確認する。
それは別として、コロナ危機下における安全安心の大会実現を宣言して開催を強行したのに、安全安心の大会の実現が難しく完全でなかったのなら、それは大問題である。なぜなら人の健康や生命に関わることだからだ。誰だって安全が実現できないならやるべきでないと思うだろう。特に自分や家族、友人などが新型コロナウイルスに感染し死亡したり、後遺症に苦しんでいる人なら確実に。もしオリンピック開催の為にはそのような犠牲も仕方ないと言う人がいるなら、その人は人の心を捨ててしまっている。
口にしなかったとしても、開催強行に何も言わなで呑気にお祭り騒ぎに興じるなら、結局は犠牲も仕方ないと言っているも同然である。選手も見る側も含めて。
遮眼帯がついているとしか思えないような、都合の悪いことを無視して、都合のよいことばかり強調するのは、決して橋本だけじゃない。首相の菅、厚労大臣の田村、新型コロナウイルス対応担当の西村、ワクチン大臣の河野、というか自民の政治家全般がその類である。そのような政治家たちを野放しにしているんだから。
数年前に、メディア不信を「マスゴミ」という揶揄で表現することに対して、一部のメディア関係者から、中にはまともな記者もいるのに、全てを一括りにマスゴミと言うな、それはまともな記者のモチベーションを削ぐ、のような反発があったが、自社、自分のいる業界が、全体としておかしな方向に向かっているのに、それを批判もせず正そうともしなかった結果が、今の政府に忖度する異様なメディアであり、感染爆発よりも五輪のお祭り騒ぎを優先する人でなしメディアだろう。つまり、個人的にはマスゴミという揶揄は嫌いだから使いたくもないが、実際はマスコミ業界全体が揶揄の通りマスゴミだったと言っても過言でない。
同じことは自民にも言える。いや公明を含む与党全般に言える。地方政治家の中にはマトモなことを言っている自公政治家もいるが、自分の所属する組織に対して積極的に声を上げず、不備を正そうとしていないなら、彼らも結局のところ同じ穴の狢でしかない。
兎に角、都合の悪いことを無視する政治をどうにかしない限り、新型コロナウイルス収束は夢のまた夢だし、新型コロナウイルスが収まったとしても、別のことで都合の悪いことを無視する政治が続くのは明白で、この国の衰退に歯止めがかかることはない。