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私たちは狂気の五輪に加担しましたアピール

 神奈川県は、東京オリンピック セーリング競技が、江の島で開かれたことを後世に伝えるためのモニュメントを設置をする。厳密に言えば、競技開催に際して設置したモニュメントを常設とする為に移設する。これを明らかにした黒岩知事は「江の島の新たな観光資源として、多くの人に足を運んでほしい」と県議会で答弁したそうだ。

「セーリング競技の江の島」後世に モニュメントと銘板 東京五輪を記念、年度内に設置へ:東京新聞 TOKYO Web

 流石は自民系の知事だ。自分が東京オリンピック 競技開催を誘致したことをアピールしたい、そしてそれを後世に伝えたいという自己顕示欲なんだろう。だが自分には、江の島にとって、いや神奈川県にとって全くマイナスでしかないとしか思えない。私たちは、懸念が強く示されている中で強行し、新型コロナウイルスによる感染爆発を招いた東京オリンピックに加担しました、というアピールにしかならない、アピールにしかならないは言い過ぎだとしても、その印象が確実につきまとうからだ。


 この記事を読んで、かつて万世橋駅(今の秋葉原駅のすぐそばにあったターミナル駅)の前にあった広瀬中佐の銅像を連想した。
 広瀬中佐こと広瀬 武夫は日露戦争で戦死した旧海軍の軍人で、部下の杉野 孫七を助けに戻って戦死した話がもてはやされ、軍神と祭り上げられた。その逸話は文部省唱歌にも歌われている。

広瀬戦死から6年後の1910年に、万世橋駅前に広瀬(と杉野)の銅像が建てられた。更には1935年には、当時の首相・岡田 啓介らによって、広瀬の出身地である大分県に、広瀬を祀る広瀬神社も建てられている。岡田も広瀬同様海軍所属の軍人だ。

しかし太平洋戦争後、広瀬の銅像は撤去されることになる。その理由は、戦意高揚・敵愾心の助長に利用されたこと、国際友好に損害が生じる恐れなどだった。つまり戦争に負けたことで、軍国主義・日本軍そのものの評価ががらりと変わり、それまでは東京の観光名所の1つだった広瀬の像も、その評価が好ましくないものに変わってしまい、撤去されることになった。但し、他の軍人像には撤去されず残されたものもあり、広瀬の像は目立つ存在だった為にスケープゴートにされた感もある。

銅像の戦犯裁判 | NHK放送史(動画・記事)

 広瀬の像に関する話はいろいろあるが、ざっと調べた限り、このサイトが最も詳しく、そしてしっかりと根拠となる資料を示して解説している。

 ちなみに、この広瀬の像に関して検索していると、自衛隊の音楽隊が旧文部省唱歌の広瀬中佐を演奏している映像が出てきた。自衛隊こそ旧日本軍とは敏感に距離を置くべき存在なのに、戦前に軍神に祭り上げられ戦争に利用された広瀬の逸話に関する歌を、式典で歌っているのはどうなのか。そもそも日本海海戦○○周年を記念した式典に自衛隊が参加しているのは妥当な判断なんだろうか(主催は三笠保存会であって防衛省や自衛隊ではないので”参加”)。


 広瀬の銅像が辿った運命を考えると、江の島のそれも、数年後から数十年後に、愚かなオリンピックの象徴と捉えられ、それを強行した政治の強引な正当化の象徴と捉えられ、撤去されることにもなりかねない。


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