さかなクンというタレントがいる。彼は面白い経歴の持ち主だ。子どもの頃から魚に強い興味を持っていたそうだが、現役時代大学進学は叶わなかった。様々な魚に関するアルバイトを経験するうちに、芸能関係者の目に留まってタレントとして活動を始め、その魚に関する知見の高さで世間の注目を集めたことがきっかけで、今は大学教授としても活動している。
もしそんな人物が、何の変哲もない金魚のことを急に「これは新種のサメだ」と言い始めたとする。さかなクンがそう言っている、という記事でまず報じられることになるだろう。しかしそれが何の変哲もない金魚ならば、他の魚類学者から、その話は間違いだ、という指摘がすぐになされるだろう。間違いであるという指摘に一切触れずに、さかなクン新種発見!という記事を書くことは、まともな報道と言えるだろうか。ゴシップ紙やワイドショーのような娯楽番組ならそれでもいいかもしれない。しかし報道番組や大新聞がそのようなことをしても問題はないだろうか。
これは一つの例え話であって、さかなクンがそんなことを言いだすとは思えない。しかしそんな人物だからこそ、もし彼が何の変哲もない金魚のことを急に「これは新種のサメだ」と言い始めたら、そしてそうではないという指摘があるにもかかわらず、報道機関が指摘を無視して、さかなクン新種発見!
とだけ報じれば、多くの人はそれを信じるだろう。所謂フェイクニュースが蔓延る仕組みを説明すれば、それはそんな構造だ。
小泉進次郎氏、涙ながらに「菅首相には感謝しかない」「こんなに仕事した政権はない」だからこそ出馬を止めた、と明かす:東京新聞 TOKYO Web
この記事はまさにその例に当てはまるのではないか。この記事は、現首相の菅が次期総裁選に立候補しないということについて、環境大臣の小泉 進次郎が、
- 現職として、ぼろぼろになっても(総裁選に)突っ込むべきだという声もあった。しかし、現職の総理総裁が、総裁選に突っ込んでぼろぼろになってしまったらやってきた良いことすら、正当な評価が得られない環境の総理を置いてし まう。本当にそのことが、総理を支えるということなんだろうかと。私はそういう思いを持っていたので、総理にあらゆる選択肢を含めて、私は総理にご意見をしてました
- 総理が批判されてばっかりでしたけど、こんなに仕事をした政権 はない。1年間でこんなに結果を出した総理はいない
- 私はすごい悔しいのは、総理が人間味のない方だと思われてる節があること。そういうイメージが持たれてる。全く逆で温かい方です。懐深い方で、息子みたいな年の私にひくという選択肢まで含めて話をする。私に対して、常に時間を作ってくれて。感謝しかない
- もっと 自分の言葉で、総理に語っていただきたかったし、国民の皆さんの、ご批判 もその通りのこといっぱいある。だけど、菅総理じゃなかったらできなかったことは、多かったことは間違いない。特に私の仕事であった、環境政策、気候変動政策、再生可能エネルギーを最優先にすること。菅総理じゃなかったらできなかった。最後まで総理の任をつとめて頂きたいし、お支えしたい
などと、涙ながらに述べた、という内容である。実際の会見の映像はTBSが公開している。
【速報】小泉環境相 菅首相に不出馬進言 涙ながらに語る|TBS NEWS
小泉
進次郎が記者団を前に、菅を褒めて褒めて褒め抜いた、褒めちぎった、ということを伝えている、という意味ではそこに嘘はない。前述の例で言えば、さかなクンが何の変哲もない金魚のことを急に「これは新種のサメだ」と言い始めた、という意味で言えば、それはフェイクニュースでもなんでもない、のと同じことだ。
しかし、東京新聞の記事の見出しは「小泉進次郎氏、涙ながらに「菅首相には感謝しかない」「こんなに仕事した政権はない」だからこそ出馬を止めた、と明かす」であり、小泉の発言内容の信憑性については一切指摘していない。感謝云々はまだしも、少なくとも「こんなに仕事した政権はない」についてはその信憑性を指摘しなければ、それはフェイクニュースの類と言われても仕方ないのではないか。
現在少ない国民は、小泉
進次郎のことを中身のない空虚な言葉を並べることしかできないマヌケだと恐らく思っているだろうから、そんなことは指摘しなくても分かること、と考えることもできるだろう。しかし、現在の彼は環境大臣の立場にあり、日本人には肩書きに弱い人もかなり多く、また各選挙の投票率から考えても、国民の大多数が政治に強い関心を抱いているとは言えない状況でもある。大臣が涙を流してまで「こんなに仕事した政権はない、1年間でこんなに結果を出した総理はいない」「正当な評価が得られない」と言っているのだから、そうであるに違いない、と考える人も決して少なくないのではないか。
つまり、この記事を書くなら、記者は「こんなに仕事した政権はない、1年間でこんなに結果を出した総理はいない」と言える根拠を聞きたださないといけないし、それが出来なかったのなら、少なくとも、涙ながらに-と述べたが、その具体的根拠についての言及はなかった、という趣旨の内容を加えておくべきだ。それが公正な報道だろう。それをしないなら、小泉進次郎が撒き散らす歪曲した印象の拡散へ報道が加担している、つまりフェイクニュースを撒き散らしている、と言われても仕方がないのではないか。
当該記事には関連記事として、
などへのリンクがある。これらの記事も、見出しからして分かるように、都知事の小池や、前首相の安倍が菅を褒める内容だ。これらの記事へのリンクがあるということは、菅は首相として立派によくやった、結果を出した、という話をまとめている、とも言えるのではないか。報道機関とまとめサイトは紙一重の存在だ。大きな違いはその情報ソースで、前者は基本的に取材を行いそれを基に記事を作る。後者は取材をせずにWEB上から拾い上げた情報を記事にする。しかし、どちらもあるテーマに沿って情報をまとめて伝える、という意味では違わない。
まとめサイトに関するこんな司法判断が以前示された。
「保守速報」賠償命令...判決で「まとめただけだから悪くない」がデマだと明らかに - 弁護士ドットコム
2ちゃんねる(現5ちゃんねる)のまとめサイト「保守速報」の記事で名誉を傷つけられたとして、在日朝鮮人のフリーライター李信恵さんが、サイトを運営する男性に2200万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、大阪地裁は(2017年)11月16日、男性に200万円の支払いを命じた。
この記事の中で、弁護士の深澤 諭史は次のように指摘している。
- 「自分は転載をしただけ」という言い訳は通じない
- 「まとめる」行為は、単純な転載より責任が重くなることもある
これを報道に置き換えると、当媒体は政治家の発言をそのまま伝えただけ、という言い訳は通じない、ということになるのではないか。また、報道する行為は、報道機関の名を冠して情報を発信することは、個人の情報発信よりも責任が重くなる、とも言えそうだ。
昨今、政府や政治家らの発言などを、内容が眉唾物でも無批判に、注釈や指摘も一切なくそのまま記事にするだけの記事があまりにも多い。果たしてそれはまともな報道と言えるのか。自分には単に政府やその周辺の政治家の政治宣伝に利用されているだけ、いや加担しているだけのようにしか思えない。
もう何度もこのブログでは指摘してきたが、今の日本の報道機関は概ねもう報道機関とは呼べないレベルに成り下がっているし、この投稿で指摘したように、最早フェイクニュースを流布するまとめサイトのレベルにすらなってしまっている。それに惑わされる有権者も不甲斐ないが、つまり、それが日本の現在のレベルであり、先進国とは全く言えないような状況である、としか言いようがない。