憶測と推測は少し違う。どちらも、何かをもとに、こういうことなのではないか、と想像すること、推量することなのだが、推測はニュートラルな推量なのに対して、憶測はいい加減だったり、根拠に乏しい推量を指す。つまり、推測の中でもいい加減な推測のことを憶測と呼ぶ。
今年・2021年の4月に、子どもが行方不明になっている事件について「母親が犯人と思う」「(母親の)とも子さんの逮捕も首を長くして待つことにします」などと投稿したツイッターアカウントに関して、アカウントの情報開示を求める裁判を母親が起こした。勿論、誹謗中傷への損害賠償や刑事告訴を前提とした開示請求だ。
山梨不明女児の母が提訴 中傷投稿者の開示請求―東京地裁:時事ドットコム
この母親に対する誹謗中傷については、行方不明事件が発生してから約1か月後の2019年10月から2020年2月にかけて、母親を犯人と決めつけ、殺すなどのメッセージを母親のSNSアカウントへ複数回送信し脅迫した男に対して、千葉地裁が2020年10月に有罪の判決を示している。
この司法判断を伝える記事には、「判決が出て、少しずつ安心できるようになってきた。(中傷は)今でも見受けられるが、娘が戻ってきていないので(活動を)やめるわけにいかない」という母親のコメントがある。それでも2021年4月に母親が開示請求を行ったということは、有罪判決が出た後も、決めつけによる中傷が後を絶たなかった、ということだろう。
母親が犯人だ、とテレビニュースを見ながら一人でつぶやいたり、家族や友人など身内の間だけで言うのと、ツイッターなどのSNSへ投稿することは明らかに違う。関係者のアカウントに直接そんな言葉をぶつけるのは当然のこと、所謂エアリプ、直接的な投稿でなくても、それは人の集まる場所へ「母親が犯人だ」と書いた紙を貼付けたり、録音したテープをリピート再生しているようなもので、ごく狭い範囲で話のネタにするのとは全然違う。
憶測で誰かが犯人だと決めつけることが、どんなことを引き起こすかはよく考えなくてはいけない。たとえ匿名によるSNS投稿であっても、その責任を問われないなんてことはない。
ただ、時事通信の記事によれば「やっぱり美咲ちゃん、この世にいないんだ」とツイートしたアカウントに対しても開示請求がなされたようで、そのアカウントが他に母親が犯人だと決めつけるようなツイートをしているなら話は別だが、もしそうツイートしただけで開示請求をしているならば、それだけで不適切な投稿と認識している、ということになるだろうが、それは行き過ぎではないか、と感じる。
12/18の夜、女優・歌手の神田
沙也加がホテルの上層階から転落した、と報じられた。最初は重体と報じられていたが、翌朝、重体は死亡に変わっていた。
俳優神田沙也加さん死亡 札幌のホテルで転落か:時事ドットコム
この件について、彼女の公式サイトや、所属事務所・ローブのWebサイトには、「応援してくださったファンの皆様、お世話になった関係者の皆様にこのようなご報告を差し上げることは大変残念でなりません。私共もまだ信じ難く、受け止めることができない状況でございます。
詳しい状況は現在調査中ですが、マスコミの皆様におかれましては、ご親族への取材や、憶測での記事掲載などはご遠慮くださいますよう、切にお願い申し上げます」という声明が示されている。
そして、彼女の死に自殺の恐れがあることを前提に、複数の業界関係者、報道関係者らが、報道への配慮求め、またファンや一般人も憶測でSNS等で語らないように、という旨の投稿をしている。
事務所のこのような発表、そして報道やファンに対しても、憶測で語るな、とする主張が何を求めているのかはとてもよく分かる。そしてある意味ではそれに賛同もする。しかし一方で「憶測で語るな」を強調しすぎるのもどうか、と言う思いもある。
時事通信の記事には「札幌市中央区のホテルで女性が血を流して倒れているのが見つかり、病院に搬送されたが死亡が確認された。所属事務所などによると、死亡したのは俳優の神田沙也加さん(35)。ホテルの上層階から転落したとみられ、北海道警は自殺の可能性もあるとみて調べている」とある。つまり、自殺かどうかもまだ推測の範疇だし、もっと言えば、上層階から転落したかどうかもまだ確定的ではない。発見された状況から判断してその恐れが高い、というのが現時点で分かっていることだ。
この投稿の冒頭で書いたように、憶測と推測は違う。憶測とは根拠に乏しいいい加減な推測を指す言葉であり、憶測で記事を書くな、憶測で決めつけてSNSへ投稿するな、は決して何もおかしくない。だがここにも落とし穴はある。それは、憶測と推測の間に明確な線引きはなく、適切な推測に対して憶測とレッテル貼りをすることも比較的容易に出来てしまうからだ。
彼女の死は、まだ自殺と決まったわけじゃない。高層階から誰かに突き落とされた恐れ、若しくは高層階から落ちたように見せかけて殺された恐れが全くないとは言い難い。少なくとも現時点では。それはこれから捜査機関が状況を調べて明らかになっていくんだろうが、果たして警察は信頼に足る組織だろうか。あくまでも個人的な印象でしかないが、たとえば、伊藤
詩織の件のような不自然な対応をすることもあるし、松本サリン事件などのように、警察自体が憶測・決めつけで冤罪を作るケースが少なくないことを考えると、警察だけにまかせるべきだ、とも思えない。
憶測で語るな、は概ね正しいが、バランスを崩せば、それは何かの不都合を隠そうとする人に悪用されかねない。たとえば、もし万が一神田 沙也加の死に暗殺的な側面があったら、それが闇に葬り去さられてしまう恐れもある、とも思えてしまう。決めつけは絶対によくないが、自殺や他殺の可能性に一切触れてはならない、というのも少し異様だ。憶測で語るな、ような話は、本来の趣旨を外れて、確定していないこと以外には一切触れてはならないに転じる恐れがあり、それはとても危険だ。
少し前に、中国で共産党幹部との不倫を告白した女子テニスプレイヤー・彭
帥が、突然行方が分からなくなる、という件があった。
中国前副首相が性的関係強要か 女子テニス選手の告発投稿、検閲で削除 写真4枚 国際ニュース:AFPBB News
この件が話題になった後、IOCのトーマス バッハが彼女と30分程度テレビ電話で通話し、無事を確認したと発表したり、彼女が無事であることを示す動画が、人民日報傘下のタブロイド紙編集長によって公開されたりしており、昨日・12/19には、本人が「誰かに性的暴行を受けたと非難したことはないとし、先月初めに行ったソーシャルメディアへの投稿は誤解を招いた」との見解を示したとも報じられた。
テニス=彭帥さん、性的暴行否定 「多くの誤解」と海外紙に | ロイター
しかしこの記事にはこうも書かれている。
彭さんの処遇などからトーナメントの中国開催撤退を表明したWTA(女子テニス協会)のスティーブ・サイモン最高経営責任者(CEO)に宛てた先月の手紙は自ら書いたものだとし、中国国営メディアによる英訳も正確なものだったとコメントした。 サイモン代表はこの手紙について、彭さんが実際に書いたものだとは思えず、性的暴行を否定するその内容の信ぴょう性にも懐疑的な姿勢を示していた。 ロイターは彭さんがソーシャルメディアに投稿して以降、連絡が取れていない。
この件について、中国当局は、憶測で語るな、と思っていることだろう。中国では、彭 帥と共産党幹部との不倫に関しては既にタブー化されてしまっている。このような事案を勘案して考えると、憶測で語るな、はやはり、本来の趣旨を外れて、確定していないこと以外には一切触れてはならないに転じる恐れがある、特に権力によって、と強く感じる。
誰かの死が絡んでいるようなセンシティブな事案について言及する際には、間違いなく慎重さが求められるし、いい加減な決めつけをやれば相応の責任を問われることになる。それは至極当然だ。だが、それが行き過ぎると、確定していないことには一切触れてはならない、に転化してしまう恐れもあって、そうならないように、憶測で語るなと慎重さを求める啓蒙もまた慎重に行われる必要がある。
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