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厚労省のいい加減な啓蒙画像の向こう側に見えること

 パソコンを初めて買った頃から、合成写真を作るなど画像加工を趣味でやってきたし、Youtubeが登場する前からレースゲームの映像をキャプチャーしてプロモーションビデオ風につなげるなんて遊びをやってきた。だから画像加工や動画編集の基礎知識は人並み以上には持っているつもりだ。

 2019年7月から、このブログの各投稿にもトップ画像を付けるようになり、フリー素材をそのまま使うこともあるが、ほぼ毎日何かしら加工した画像を使っている。中には文章を書くよりも画像加工に時間がかかっている日もある。また、これまでは定期的に動画作成はしていなかったが、昨年の11月から   #DOMMUNIMATION というハッシュタグで、DOMMUNE 番組サムネイルを加工してアニメーションさせた、短い動画を作ってツイートするようにもなっている。
 定期的に画像やアニメーションを作っていると、一見地味でなんの変哲もない画像やアニメにも結構な手間と時間がかかっていることに気づく。最もそれを強く感じたのは、#DOMMUNIMATION の作成・投稿を始めて約2か月が経った先日、あらためて見た、きゃりーぱみゅぱみゅ - PONPONPON のMVだった。勿論これ以上に手間やコストがかかっているMVだって沢山あるだろうが、このMVにも莫大な手間とコストがかかっている。

きゃりーぱみゅぱみゅ - PONPONPON , Kyary Pamyu Pamyu - PONPONPON - YouTube


 自分はあくまでもアマチュアでプロではないけれど、画像やアニメーション・動画を作る以上、出来るだけちゃんとやりたい。最近のPhotoshopなど画像加工ソフトや、動画編集ソフトには、写真や動画の中から特定のオブジェクトを認識して自動でトリミングする/切り抜いてくれる機能などが備わっていて、10年前の同種の機能に比べたらその精度は雲泥の差なのだけど、それでもまだ正確にオブジェクトを認識できなかったり、切り抜きが荒かったりすることもしばしばだ。自動処理をかければ、詳細な出来を確認しないでそのまま使っても粗が出ない、なんて状況にはまだなっていない。どの程度の仕上がりを求めるかにもよるが、あくまでも自動処理は下ごしらえで、それを基に手作業で精度を詰めるという工程は必要だ。

 これは、厚生労働省が新型ウイルス対策としてのマスク着用を啓蒙する為に作った画像で、自分は厚労省公式ツイッターアカウントのこのツイートで目にした。

 この画像でまず気になったのは、画像加工の荒さだ。よく見ると中央のマスクのイラストのトリミングがかなり雑で甘い。画像の外側に薄っすらと自動選択で切り抜き残したノイズが残っている。

 また、マスクイラストの輪郭もギザギザで、ラスタデータを無理やり拡大した形跡がある。多分ツイッター担当の職員は画像等の編集に明るくなく、そしてこの画像はそんな人が作ったものなんだろう。
 厚労省と言えば日本で最も大きな公的機関の1つだ。民間企業で言えば業界トップ企業みたいなものだ。たとえば、小さな町や村などの自治体の保健所などのツイ―トなら、このような画像が啓蒙に用いられても仕方がないような気もする。だが、自動車業界でトップの、トヨタ公式アカウントがこのレベルの画像を宣伝や広報に使うだろうか。外注などに頼らなくても、簡単な画像編集・動画編集をこなす者が担当者をやるか、担当者にそのスキルがなくても、その部署内に一人くらいはそのようなスキルのある人員が配置され、流石にこのレベルの画像は使わないだろう。


 もしこの画像の問題点が画像加工の荒さだけにあるのなら、わざわざここで取り上げることはなかっただろう。画像加工が荒くても、伝えたいこと、伝えるべきことが伝わりさえすれば、ぶっちゃけ大きな問題はない。逆に画像の仕上がりや表現のオリジナリティばかりにこだわり過ぎて、伝えたいこと、伝えるべきことが伝わらない啓蒙の方が寧ろ問題である。しかし、この画像には画像加工の荒さ以外にも、伝えるべきことと正反対の印象を与えかねない、という大きな問題点があるように見えた為、この投稿で取り上げた。

 これは当該画像の中央部分を拡大したイメージだ。大抵の人は当該画像は「マスク着用しましょう」と言っていると受け取るだろうが、現在日本でも「マスクは付けなくてもいい」のようなことをデモで訴えている人たちが一部にいて、そのような人たちなどには、

  • 食事中以外マスク着用ダメ

つまり、飲食店以外ではマスクをつけてはいけない、と厚生労働省が訴えているように見える恐れがある。つまり、伝えるべきことと正反対のメッセージ性を持っていることが強く懸念されるデザインである、という問題性がこの画像にはあると強く感じた。

 たとえば、この画像を作ったのはマスク着用の徹底を訴えたい個人などであるならば、前述のような問題性を孕んでいたとしても、それはそれ程大きな影響を生まないかもしれない。しかしこれは厚生労働省の名を冠した啓蒙である為、話は違ってくる。厚生労働省という日本で最も権威のある機関による啓蒙ならば、誤解が一切生まれないように配慮されなければ、思わぬ悪影響を生む恐れがあると言わざるを得ない。


 一体何が問題の元凶なのかと言えば、広報や啓蒙の素人としか思えないような人が、国で最も権威ある衛生をつかさどる機関のツイッターアカウント担当者である、という状況だろう。
 しばしば自民党政権は、大臣の任命について適材適所をアピールするが、PCを使ったことがなく、USBメモリが何かすら知らない人間がサイバーセキュリティ担当大臣になったり、北方四島を言えないような人が担当大臣になったりする。そして大臣だけでなく官公庁内でも、それにふさわしくない人材が仕事を任されているケースが少なくないんだろう。実務よりもコネや権力争いが重視されてそんなことになっているんだろう。
 そんなことを強く連想させるのが、この厚生労働省のツイ―トだ。



 トップ画像には、画像編集 Photoshop 画像編集プログラム - Pixabayの無料写真 を使用した。

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