スキップしてメイン コンテンツに移動
 

日本の報道は死んでいる。

 立憲・菅 直人が、ツイッターで 橋下 徹を「ヒットラーを思い起こす」とツイートしたことについて、維新代表の馬場が抗議をした件について、「両者の激論は平行線」ってテロップ付けたり、同レベルで言い合っているかのように「バトル」なんて見出し付けるんだから、やっぱりテレビは全く狂っている。言葉は悪いがうんこ以下だ。

「ヒトラー」投稿めぐり 維新vs立民・菅元首相がバトル|TBS NEWS

 しかも本文でも「立憲民主党の菅直人元総理が日本維新の会について「ヒットラーを思い起こす」などとツイッターに投稿した問題」と解説している。菅が批判したのは維新の元代表の橋下 徹なのに。維新・橋下側は「個人をヒトラーに例えて批判するのは国際的にご法度」という全くの嘘を根拠に抗議しているし、そもそも何で既に維新の政治家でない橋下を維新がこんなにも躍起になって擁護しているのかもよく分からない。
 どう考えても、維新側の話は無理筋、やっていることは難癖を付けているレベルなのに、それを歪曲して、「両者の激論は平行線」ってテロップ付けたり、同レベルで言い合っているかのように「バトル」なんて見出しを付けている。こんなのは確実にまともな報道じゃない。

 このような伝え方をしているのはTBSに限らない。フジやテレビ朝日、いやほぼ全てのテレビ局、そして新聞の一部も似たり寄ったりでしかない。テレビ東京は馬場による抗議の一部始終をYoutubeで公開しているが、そのタイトルも「舌戦」である。これを見て、これが舌戦と呼ぶに相応しいと思っているなら、言語感覚がおかしい。

「ヒトラー投稿」めぐり舌戦【ノーカット】(2022年2月1日) - YouTube


 パーキングエリアで区域外駐車を咎められたことに逆上し、煽り運転を繰り返して東名高速道路の本線上、しかも追い越し車線に相手のクルマを停車させ、そこにトラックが追突する死亡事故のきっかけを作った男が、数日前に「危険運転はしてない」として無罪を主張したそうだ。

もしこの件について、テレビがこんな風に取り上げたら、あなたはどう思うだろう? しかしテレビ(と一部の新聞)は、前述の件について同じ様な取り上げ方をしている。

2022年2/4追記:


 昨日、石原 慎太郎が死んだそうだ。それを誰がそう思おうと構わない。だが自分は、差別主義者が一人減ったことは非常に喜ばしい、としか思えない。石原は公然と差別的な言説を繰り返した人物であり、彼が国会議員や都知事などだったことを考えれば、そのような立場で差別的言説を繰り返したことは、少なからず「ああいうことを言ってもいいんだ」という社会的な影響を与えたはずだ。しかし、NHKを始めとした大手メディアはほぼ全て、繰り返した差別的言説には触れず石原を美化したり、触れても石原節とか歯に衣着せぬ発言とかで矮小化していた。
 東京新聞すらもこんな記事を書いている。

排ガス規制、尖閣諸島問題、新銀行失敗…大胆な行動、副作用も大きく 石原都政の功罪  :東京新聞 TOKYO Web

石原の功罪ってのは、トラーもアウトバーン作ったし国民車構想でビートルの礎を築いた、と同じ様な話だ。例えば、殺人を犯した人物が人助けをしていたとして、メディアは犯人の功罪なんて伝えるだろうか。日本は本当に差別に無頓着で甘すぎる。

 だからいつまでも男女格差が埋まらないし、在日コリアンや外国人への差別もなくならないんだろう。勿論、それは子どものいじめがなくならない理由でもある。この国はいつまで旧世紀の感覚を引きずり続けるのだろうか。


このブログの人気の投稿

マンガの中より酷い現実

 ヤングマガジンは、世界的にも人気が高く、2000年代以降確立したドリフト文化の形成に大きく寄与した頭文字Dや、湾岸ミッドナイト、シャコタンブギなど、自動車をテーマにしたマンガを多く輩出してきた。2017年からは、頭文字Dの続編とも言うべき作品・MFゴーストを連載している( MFゴースト - Wikipedia )。

「死にたきゃ勝手に死ね」の危険性

  藤田 孝典 さんという社会福祉士で大学教授が、Yahoo!ニュース個人に投稿した「 川崎殺傷事件「死にたいなら一人で死ぬべき」という非難は控えてほしい 」という記事が話題になっている。これは昨日・5/28の朝、川崎市で起きた通り魔事件に関する記事だ。スクールバスを待つ小学生らが刃物で襲われ、小学生1人と保護者1人が死亡し重傷者も複数出た。犯人とみられる男性は自らも首を刃物で切り、病院に運ばれたがその後死亡した。  当該記事はSNS上等での言説に対する見解でもあるようだが、落語家の立川志らく氏が、事件から数時間後に出演したワイドショーで「 死にたいなら一人で死んでくれ 」と発言していたようで( スポーツ報知 )、もしかしたらそれを前提に書かれた記事なのかもしれないし、別の番組・別のコメンテーターなども似たような発言をしていたのかもしれず、そういうことをひっくるめた話なのかもしれない。  この記事に反論している人も相応にいて、彼らはどうも「犯人の人権がそんなに大事か?」とか、「犯人を擁護するような事を言うべきじゃない」という認識に基づいて主張しているように見えるが、それは見出しに引きずられ過ぎだろう。何度読み返してみても当該記事がそんなことを主張しているようには思えない。強いて言えば、そのような誤解を生みかねない見出しにも問題性がないわけではないだろうが、この見出しが強く錯誤を誘発するような表現とは言い難く、見出しにばかり注目する者の問題性の方が高そうだ。

フランス人権宣言から230年、未だに続く搾取

 これは「 Karikatur Das Verhältnis Arbeiter Unternehmer 」、1896年ドイツの、 資本家が労働者を搾取する様子を描いた風刺画 である。労働者から搾り取った金を貯める容器には、Sammel becken des Kapitalismus / 資本主義の収集用盆 と書かれている。1700年代後半に英国で産業革命が起こり、それ以降労働者は低賃金/長時間労働を強いられることになる。1890年代は8時間労働制を求める動きが欧米で活発だった頃だ。因みに日本で初めて8時間労働制が導入されたのは1919年のことである( 八時間労働制 - Wikipedia )。

日光東照宮の三猿と秩父神社の三猿の違い

  日光東照宮 にある神厩舎の装飾の1つとして有名な三猿(見ざる/見猿・聞かざる/聞か猿・言わざる/言わ猿)。三猿については、中国の思想家・孔子の教えをまとめた書物・論語の中にある、「非礼勿視、非礼勿聴、非礼勿言、 非礼勿動」(礼にあらざれば視るなかれ、礼にあらざれば聴くなかれ、礼にあらざれば言うなかれ、礼にあらざればおこなうなかれ)という一節に由来するという説もあれば、インドのラーマーヤナ説話をその起源とする説などもあるようだ( 三猿 - Wikipedia )。起源は何であれ、「 余計なことは見ない、聞かない、言わない 」そういうことを慎めば人生を幸福に送ることができる、とする教えを象徴していることに違いはないようだ。

選挙後の与党と野党

 朝日新聞が「 もし野党候補が1本化していたら、選挙候補はどう変わった? 」という記事を書いている。全ての小選挙区で与党vs野党の1対1の対決になっていたら、63の選挙区で野党側が勝てたのではないか、というシミュレーションに関する記事だ。シミュレーションをして今後の判断の要素にすること自体を否定するつもりはないが、個人的にはこんな「たら・れば」話はあまり意味がないように思う。今回の選挙で野党候補1本化が実現する要素があったとは思えないからだ。選挙前は野党第一党だったにも関らず、風見鶏的にポリシーを捨てて希望に合流を呼びかけた前川氏、そんな人物を代表に選んだ民進党員らに1本化の音頭がとれたかは大きな疑問だし、第二自民のような希望と既存の野党勢力が合同する可能性は著しく低かったと思う。希望に合流した元民進出身者は、選挙後、希望合流という選択をした自分達の見当違いは棚に上げ、民進党当時と同様に今度は「選挙に負けたのは小池氏の所為だ」と批判を強めている。彼らは”私達は自分の尻を自分でふけないような人々である”と自ら表明しているように見える。これではそんな人々が信用されないのは当然、そんな人々を大勢受け入れた希望自体も信用されなかったという、ある意味順当な投票行動が起きたのだと思う。