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他人に迷惑をかけるな、の弊害

 ヒミズ というマンガがある。”行け!稲中卓球部” で一世を風靡した古谷 実の作品だ。古谷は、稲中卓球部後も、”僕といっしょ” ”グリーンヒル” と、ギャグ路線を踏襲しつつ、作を追うごとに徐々にギャグだけに縛られない作風となり、それを昇華させたのがヒミズだった。ヒミズにも、それまでのようなギャグ表現は見られるが、テーマは完全に人間のシリアスな部分だった。

 ヒミズ の主人公・住田 祐一は貧乏なボート屋の子で、ちゃらんぽらんな父親は彼が幼い頃に蒸発し、ボート屋の事務所を兼ねた川沿いのコンテナに母親と住んでいる。彼は、大金持ちになるとか、名声を得るとか、誰もが子どもの頃に抱くような夢を持たず、人並み外れた幸福も望まないかわりに大きな不幸にも陥らず、平々凡々、ただただ普通の人生を送りたいと願っている。しかし物語の中盤で、母親は彼が嫌う男と駆け落ちして、彼の前からいなくなり、15歳にして両親に見捨てられるという、一般的には決して普通とは言い難い、いやむしろ不幸と言われるような状況に追い込まれていく。
 トップ画像にしたのは、まだ母親がいなくなる前の部分だ。人並み外れた幸福は望まないかわりに大きな不幸にも見舞われたくない!平々凡々と人生を送らせてくれ! と望む彼の思いを、古谷は「オレは一生誰にも迷惑をかけないと誓う!!だから頼む!誰も俺に迷惑をかけるな!!!」という、セリフというか回想で表現している。

 古谷は、ヒミズの主人公・住田 祐一に、「俺は誰にも迷惑をかけないから、誰も俺に迷惑をかけるな!!」と、自分の思いを代弁させているわけではないだろう。住田は父親を憎んでいて、ひょっこり現れた父親を衝動的に殺してしまうのだが、それはある意味で他人に迷惑をかける行為であるし、母親に見捨てられ、そして父親を殺してしまって半分自暴自棄になる住田を、それでもなんとか救おうとする茶沢 景子というキャラクターも登場する。つまり茶沢は、住田が迷惑と思っている行為を迷惑と思っていない、とも言えるだろう。
 このようなことから、古谷は、人は誰にも迷惑をかけずに生きていくことなどできないので、助け合う・支え合う必要があるとか、自分が迷惑行為だと思っていることは、絶対的な迷惑行為とは言えず、自分の感覚を絶対視してはいけない、のような感覚でヒミズを描いたのではないか、そのようなことも、ヒミズで表現したかったことの1つではないか、と自分は思っている。主人公が中学3年という、やや極端な認識に陥りやすい年齢に設定されていることも、そんな風に感じさせる要素の一つだ。


 他人に迷惑をかけるな、というのを、日本人は強調しがちな傾向があるそうだ。他人に迷惑をかけるな、は決して全否定されるべき規範とは言えないだろうが、しかし、これには大きな欠陥がある。それは、他人に迷惑をかけるな、と言えば当然、自分も他人に迷惑をかけてはいけない、ということになる。他人に迷惑をかけられない、という思いは、何かに困った際に、他人に助けを求めることを躊躇させる。他人に迷惑をかけずに自力でなんとかするべきだ、という発想が生まれてしまう。
 恐らく、このような傾向も日本人が自己責任論に陥りやすい原因だろう。貧困は自己責任、生活保護なんて使おうと思うな、のような。実際に、生活保護を受ける水準の貧困状態にある人でも、生活保護受給を嫌悪して避ける傾向が確実にあり、生活保護を利用する資格のある人のうち、実際に利用している人の割合(捕捉率)は2割程度しかなく、諸外国に比べて明らかに低い。
 他人に迷惑をかけるな、という規範が一般的になっていると言えるか、それと生活保護捕捉率の低さに因果関係/相関関係があるのか、を調べたわけではないし、何か調査を根拠にそう推測しているわけではないので、あくまでも憶測の域ではあるが、他人に迷惑をかけるな、という規範は、殊更に強調してはいけない、と考える。

 この投稿で ”迷惑をかける” ということについて取り上げた理由は、3/16深夜に起きた、福島県沖を震源とした最大震度6強を観測した地震に関連して、JR東日本が次のようにツイートしていたからだ。

 地震の影響で東北新幹線では脱線が発生(転覆はしなかった)、一部で高架を支える橋脚も損傷した。このツイートは、その橋脚損傷を車種で伝えている。

 このツイートを見て、このような ”ご迷惑をおかけして申し訳ありません”  という社交辞令はいらない、なぜなら、橋脚損傷させたのはJRではなくて地震だから、と思った。もし、手抜き工事とか点検が杜撰だった所為で、それが地震によって発露したなら、ご迷惑をおかけして申し訳ありません は妥当だろうが、そうではないのに迷惑かけたなんて言うから、バカが何かにつけて「迷惑だ!!!!!!!」とつけ上がるのではないだろうか、とも思った。
 たとえば、地震も起きていない、台風でもない、大雨でも強風でもないのに、線路や架線などに支障が出たのなら、それは日々の点検が足りない、メンテナンスが不十分、ということにもなるだろうから、ご迷惑をおかけして申し訳ありません は適当かもしれないが、天災によって支障が出たのに、ご迷惑をおかけして申し訳ありません は必要とは思えない。そんなのはお互い様である。中には、地震や災害でも支障が出ないような規準で設備をしているのでは?なんて言う人もいそうだが、震度6強でも支障が全くない社会なら、地震が起きてもあんなに大騒ぎする必要などない。大きな被害が懸念されるから、テレビは地震関連の放送一色になるし、実際に各所で大小様々な被害が生じる。
 付け加えると、だから地震が頻繁に起こる日本で原発を使うなんてのは正気の沙汰ではない、とも言えるだろう。事故が起きれば、取り返しのつかない自体が起きるということは、誰の目にも明らかなのだから。

 同じようなツイートを、NEXCO東日本もしている。

 これもやはり、JR東日本のツイート同様に、不要な ご迷惑をおかけして申し訳ありません 案件だろう。道路の点検やメンテナンスを怠っていたとか、手抜き工事の所為でこのような亀裂が入った、ということであれば別だろうが。


 日常的な自然の変化で問題が生じるのはまずいが、そもそも人間が自然をコントロールできるはずがなく、大きな地震、台風や大雨、強風によって、被害が出るのはある意味で当然である。勿論、それをいつまでも放置していたり、いい加減に補修したりすればそれは問題であり、ご迷惑をおかけしました、という表現も必要・妥当かもしれないが、地震の翌朝に、被害による通常通りの運用が出来ないことについて「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」なんてのは過剰としか言いようがない。
 たとえそれが定型句/社交辞令だとしても、それが弊害を生むのなら、というか現に弊害を生んでいると言っても過言でない状況があるのだから、そんなこと言う必要がないというよりも、寧ろ言わない方がいい、と言えるだろう。


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