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史上最悪の暴走行為が再び起きぬよう

 高橋ツトムの漫画・爆音列島を先週読んだ。1980年代初頭の暴走族をテーマにした作品で、2002年から約10年連載された。暴走族をテーマにした漫画では、湘南爆走族や特攻の拓などが有名だ。暴走族の最盛期は1970年代後半だが、暴走族をテーマにした漫画が流行ったのは1980年代から1990年代で、時期にズレがあるのは興味深い。

 爆音列島が連載されたのは2000年代だから、暴走族漫画のブームが一段落したあとの漫画と言えるだろう。同作品は他の暴走族漫画と違ってドキュメンタリーテイストが強い。大抵の暴走族/ヤンキーマンガは、作者の実体験が下敷きになっているんだろうが、爆音列島はその中でも群を抜いている感があった。

 一時期下火だった暴走族漫画だが、現在、2017年に連載が始まった東京卍リベンジャーズがヒットしている。またYoutubeのネタとして暴走族的なカスタム車両も人気を博している。しかしその一方で、暴走族に対する嫌悪感も根強い。暴走族というか、暴走族を含むヤンキー全般に対する嫌悪感と言うべきか。
 なぜ暴走族やヤンキーは強く嫌悪されるのか。それは、学生時代に彼らの理不尽な行為の被害にあった人が決して少なくないからだろう。いじめられたとかお金を取られたなどの明らかな被害だけでなく、その種の人達が学校やクラスを仕切っていて、たとえば文化祭の出し物や体育祭の出場種目などを勝手に一方的に決められたとか、クラスでTシャツを揃えることになって欲しくもないTシャツを半ば強制的に買わされたとか、その程度の被害も含めて。

 また、自分のバイクや原付が暴走族やヤンキーの餌食になった、なんて人も結構いるのではないか。自分はそこまで暴走族やヤンキーに対して嫌悪感はないのだが、自分も原付を盗まれたことがある。なぜ暴走族やヤンキーによる窃盗とわかるか? それはマフラーが直管にぶった切られていて、ガソリンが尽きた状態で乗り捨てられていたのが見つかったからだ。自分で乗る為や売り飛ばす目的での窃盗なら、そんな状態で見つかることはないだろう。
 それ以外にも、暴走行為に巻き込まれて怪我をしたとか、事故に巻き込まれて車やバイクが壊れたとか、そんな被害を受けたことがある人も結構いるだろう。


 暴走族を辞書で調べると、オートバイや自動車を乗り回し、危険な走行や騒音で人々に迷惑をかける者の集団、とある。また、暴走だと、周囲の状況や他の人の思惑を考えずに勝手にどんどん事を進めること、解説されている。また、常軌や規則を無視して乱暴に走ること走っている乗り物が制御できない状態になること、ともある。解説では主に乗り物について説明しているが、一般的には、乗り物以外、たとえば馬などの動物、コンピュータなどの機械、または理性を失って傍若無人な振る舞いをする人など、何かが制御を失った状態のことも ”暴走” と表現する。

 Wikipediaの暴走族のページでは、典型的な暴走族だけでなく、狭義の暴走族とは別に一般的には走り屋と呼ばれるようなタイプの違法競争型の暴走族や、概ね共同危険行為には及ばないが、暴走族タイプの車両改造を好む人達のことにも触れられている。つまり一口に暴走族といってもタイプは様々だ。また、北海道など雪の多い地域の冬季など、バイクやクルマに乗らずに集まる暴走族もいるようで、暴走族とは必ずしもバイクやクルマを使うことが必須とは言えない。
 そんなことから考えると、暴走族とは、漠然と暴走する人たちと言っても良さそうだ。つまり、周囲の状況や他の人の思惑を考えずに好き勝手やり、それによって他者に迷惑をかける人たち、理性や正常な判断を欠いて制御を失った人たち、というのが、広義の暴走族の定義として妥当なのではないだろうか。
 トップ画像で言いたかったのは、その暴走族の定義で言えば、戦前戦中の日本政府や日本軍こそが史上最悪の暴走族だった、ということである。理性や正常な判断を欠いて暴走し、次々と周辺国を侵略することでその地域の人たちに多大な迷惑をかけ、更には戦争を始めたことで自国民にも多大な不利益を与え、最終的に主要な都市の大半を焼け野原にした挙げ句、更には原子爆弾まで投下される状況を作ったのだから。

 そんな史上最悪の暴走行為が再び起きぬように、その戦争を経験した世代の人たちは、大日本帝国憲法を日本国憲法にあらため、その9条に、戦争の放棄・戦力の不保持・紛争解決手段としての武力による威嚇やその行使を永久に放棄すると明記した。しかしその数年後に朝鮮戦争が勃発し、その影響もあって、あくまでも自衛の為の組織として自衛隊が発足したが、自衛隊はあくまでも専守防衛の為の組織である、という建前は今日まで維持されてきた。
 次の件を目の当たりにして、先人が設けた日本国憲法9条と、自衛隊はあくまでも自衛隊で他国の一般的な軍隊とは一線を画す、という仕組みは、今後も絶対に必要だと再確認させられた。80年前の戦争を体験した世代は、こうなることを危惧してそんな仕組みを作ったんだから。
 もし9条がなければ、日本はロシアのように、自衛と称して他国を再び侵略していたかもしれないとすら思えてくる。なぜなら、反戦デモを軍が敵視するなんてのは、ミャンマーの軍事政権や現在のロシアと何も違わないからだ。更に言えば、戦争放棄を憲法に明記した国の、専守防衛の為の組織である自衛隊が反戦デモを敵視する、ということの異様さ、矛盾は、小学生でも理解できるだろう。

反戦デモは「武力攻撃事態」の一歩手前? 防衛省がテロやサイバー攻撃と同一視した行政文書作成 保存期間経過前に廃棄:東京新聞 TOKYO Web

  • 防衛省陸上幕僚監部が2020年2月4日に開いた記者向け説明会で配布した「陸上自衛隊の今後の取り組み」と題する資料の中で、自衛隊が警察当局や米軍と連携して対応する事態にテロやサイバー攻撃、特殊部隊による破壊活動などと並んで反戦デモを挙げていた
  • 参加者から不適切だと指摘されたため、「暴徒化したデモ」という用語に修正したが、回収した当初の資料は保存期間が1年と指定されているのに2月5日に廃棄した

 この2点が、この件を構成する主要な要素である。前者は、前述したように、自衛隊が反戦デモを敵視していることを明確に示している。もしかしたら、反戦デモに限らずデモ全般をテロと同一視している恐れもある。このような感覚は、戦争反対の声を強引に封じた戦前戦中の政府や軍と何も違わないし、ミャンマーの軍事政権やプーチンのやり口とも同じだ。
 更に問題なのは、それを外部から不適切だと指摘され、反戦デモを暴徒化したデモと言い換えたが、元の資料も保存しなければならないのにもかかわらず、指摘を受け修正した直後に廃棄していることだ。記事によれば、防衛省は「誤って廃棄しただけで隠蔽でない」と釈明しているようだが、そんな話の一体どこに信憑性があるだろうか。そんな話が通用するなら、伝票を誤って廃棄したこにして収入を隠したことが後に発覚しても、「誤って廃棄しただけで隠蔽でない」と言えばそれで済むことになってしまう。

 2016年に仙台地裁は、イラクへの自衛隊派兵に反対する集会参加などの活動を自衛隊情報保全隊に監視されたとして107人の市民が監視行為の差し止めを求めた訴訟について、自衛隊によるイラクへの自衛隊派兵に反対する集会参加者の監視は違法な情報収集だった、と認定した。

こんなことがあったにもかかわらず、それからたった4年後の2020年に、自衛隊幹部らは、今後自衛隊が警察当局や米軍と連携して対応する事態として反戦デモを挙げたのだ。
 自衛隊幹部学校がこの数年どんな人達を特別講師として招いてきたか、を見れば、今自衛隊がどんな状態なのかは容易に想像がつくだろう。

 最後に、紹介した東京新聞の記事の元になった、2022年3/30の衆議院外務委員会・共産党 穀田 恵二の質問とその質問への答弁の映像を載せておく。前者の抜粋映像はこのツイートからの引用で、後者は穀田の質問の全部である。

衆議院 2022年03月30日 外務委員会 #10 穀田恵二(日本共産党) - YouTube


    やはり、どう考えても自衛隊は自衛隊以上にしてはいけないし、現在の憲法9条も絶対に必要である。


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