古代ユダヤでは、旧約聖書の定めに従い、年に一度自分達の罪を山羊に身代りさせ、野に放つ儀式を行っていたそうだ。これに由来するのがスケープゴートであり、そこから転じて現在では、権力等が民衆の不満や怒りを逸らす目的で、何かを身代わり・生贄のようにして攻撃の標的として扇動することを、〇〇をスケープゴートにする、なんて言ったりする。
スケープゴートに似た表現にトカゲの尻尾切りがある。トカゲは尻尾を押さえられても、尻尾を切り離すことで自身は生き延びる。尻尾はそのうちまた生えてくる。また、切り離された尻尾は少しの間それだけで動き、敵の注意を惹くおとりとなり、本体が敵からある程度安全な距離をとるまで、つまりほとぼりが冷めるまでの時間を稼ぐ。これが転じて、不祥事などが発覚した場合に、下位の者に責任をかぶせて上の者が追及から逃れること、を示す表現になっている。
トカゲの尻尾切りがあった際に、尻尾にばかり気を取られてトカゲ本体を見逃すことのは、木を見て森を見ず、と言えるだろう。木を見て森を見ずとは、小さなことにばかり気を取られて、全体を見渡すことができないことを意味する。また、似た表現に、氷山の一角、がある。氷山の一角とは、氷山の海面上に見えている部分は全体の10-20%程度でしかないことから、何か好ましからざることが発覚した場合、それは全体のほんの一部でしかなく、背景には何倍もの同様のことが隠れている、のようなことを意味する。
4/22に日経が、政府が使った新型ウイルス対策の予備費のうち、11兆の使途が不明であると報じた。5/5には毎日が同様の記事を掲載し、毎日によれば不透明な支出は16兆にも及び、それよりも更に多い恐れもあるとのことだった。
コロナ予備費「11兆円」追えず 「国費解剖」まとめ読み: 日本経済新聞
不透明なコロナ支出 ワクチンや病床確保に16兆円、さらに膨らむ恐れ | 毎日新聞
10兆以上もの国家予算の使途が追えないとか、不透明だとか、つまりは巨額の税金が政府とその周辺によってネコババされている恐れがある、ということなのだが、この件は現在、メディアでは殆ど取り上げられていないし、SNSでもほんの一部でしか話題になっていない。
今メディアが連日のように取り上げているのは、山口県阿武町が新型コロナウイルス対策の臨時特別給付金4630万円・463世帯分を、誤って1世帯に振り込んだ問題の方だ。また、SNSも確実に、10兆を超える国家予算が何に使われたか分からない件よりも、4630万円の件の方で盛り上がっている。何がどうした、という経過だけでなく、振り込まれた4630万の返還を拒否し、全額オンラインカジノで使い果たしたと言っている男の素性など、もはやエンタメとして消費していると言っても過言ではない。
山口 阿武町 4630万円誤給付 24歳住民を逮捕 警察 | NHK | 事件
- 4630万円返還求め提訴 山口・阿武町、コロナ対策誤給付:東京新聞 TOKYO Web
- 4630万円は「ネットカジノで全て使った」 誤給付の男性 | 毎日新聞
- 4630万円の返金を拒んでいた男を逮捕 山口県阿武町の誤送金問題 電子計算機使用詐欺の疑い:東京新聞 TOKYO Web
- 4630万円“誤送金” 24歳男性の出入金記録は... 最終的な残高“6万8743円”に
- 4630万円誤給付、弁護士に相談後も残りの2000万円から連日出金…「返還意向」と矛盾 : 読売新聞オンライン
- 4630万円 田口容疑者の素顔 知人が知る“金遣いの荒さ” | FNNプライムオンライン
この件について、元格闘家のジャーナリスト・片岡 亮がこんなツイートをしていた。
この一連のツイートを読んで、特に2つ目のツイートの「高い税金徴収も国民から騙し取った金だと思えたらどうか」や、3つ目のツイートの「日本でも今回の持ち逃げより酷い政治の搾取が存在してると思うけどね」などから、次のような思いが浮かんだ。
片岡 亮が言っているのは4630万の件の話だが、11兆とも16兆とも言われる感染対策予備費が不透明な使い方をされている、使途が追えないと指摘されている。つまり、政府から数千万振り込まれてネコババした人が数十万人以上いるかもしれないし、数十億振り込まれて不当に利益を得た会社や団体などが数千以上もあるかもしれない、ということなのに、日本のメディアも有権者も、10兆を超える政府の使途不明金よりも、一地方自治体における4630万円の件にばかり注目している。
何が言いたいのかと言えば、4630万円の件が、政府の10兆を超える使途不明金から有権者の目を逸らす為の目くらまし、身代わりになっている、ということだ。
一体誰がそれをやっている主体なんだろうか。果たして偶然そんなことになっているのか? それはかなり考えにくい。個人的には、政府とメディアがそうなるように仕向けているとしか思えない。10兆を超える政府の使途不明金から有権者の目が逸れることで得をするのは一体誰か。それは間違いなく政府と与党だし、日本の大手メディアは多かれ少なかれどこも政府への忖度と癒着が指摘され続けている。
ただ、だから有権者は騙されている被害者なのか?と言えば、そうとも言い難い。少し考えたら、今の日本の政治・報道は明らかに異様だと気づけるはずだ。現にそう考えている人は決して少なくない。でも、日本の有権者の大半は、よく考えもせずに唯々諾々と流され続けている。
4630万の件は取るに足らないことなので注目しなくてもよい、とは言わない。しかし日本の有権者が、4630万円の件にばかり気を取られて10兆を超える政府の使途不明金には目を向けないのであれば、それは木を見て森を見ずだし、政府やメディアのスケープゴート戦略にまんまとハマっているということだろう。
もしメディアが、4630万円の件ばかり取り上げて10兆を超える政府の使途不明金の件には殆ど触れない理由が、政府との癒着や政府への忖度でなかったとしても、何にせよ、最早報道機関と呼ぶに値しないレベルでバランス感覚が著しく狂っている、ということには違いがない。
自己責任という言葉は嫌いだが、最低限の自己防衛は確実に必要である。最低限の自己防衛をせずに騙される人は間違いなくずぼらだ。日本メディアには明らかに問題があるが、しかしそれに全て責任転嫁するのもまた、〇〇をスケープゴートにする案件だ。