ビリヤードは、白い手球をキューで突き、1-15(ゲームの種類によって数は異なる)の的球に当て、台の縁に設けられた6つのポケットのどこかに落としていくのが基本的なルールだ。目当ての的球を直接狙うことが出来ない場合には、手前にある的球に手球を当て、動きの連鎖で目当ての的球を落とす場合もある。
時には複数の連鎖によって目当ての的球をポケットに落とすことを狙うこともある。このように、玉の動きを連鎖させることよって的球をポケットに落とすことを、コンビネーション/コンビと呼ぶ。
たとえば的球の1番を落としたい時に、その手前に4番の的球がある場合には、4番が1番に丁度よい角度で当たるように計算して手球を4番に当てることで、1番をポケットに落とす、ということをする。この時、最終的には4番が1番に当たることで1番がポケットに落ちるので、4番が1番を落とした、と表現するのは決して間違いとは言えないものの、それは所謂言葉のあやだ。1番を主体的にポケットに落としたのは、直接的に1番を動かした4番の的球でも、4番に丁度よい角度で当たった手球でもなく、手球が4番に丁度よい角度で当たるように、キューで手球をついたプレイヤーだ。
- プレイヤーが手球をキューでつく
- 手球が転がって的球の4番に当たる
- その反動で4番が転がって的球の1番に当たる
- その反動で1番が転がってポケットに落ちる
という全体のプロセスの内、1と2、3の前半を無視して、あたかも的球の4番が主体となって1番を落とした、のように言うことを、世間一般では、事実から一部だけを切り取った印象操作、のように表現し、単に切り取りと言ったりもする。切り取り表現は文学的な比喩表現として評価されることもあるが、事実を正確に表現しなければならない場合は十中八九否定される。
<新型コロナ>冷え込む観光地 需要回復に期待 箱根町、21年宿泊者数が最低 「GoTo」見送り影響:東京新聞 TOKYO Web
これは、神奈川県にある日本有数の観光地・箱根の宿泊客が2021年に1972年以降で最低となり、最も多かった1991年比で半減している、ということを伝える記事だ。記者はその要因について次のように書いている。
宿泊客の減少は、一昨年に実施された観光支援事業「Go To トラベル」が見送られた影響が大きい。昨年は緊急事態宣言などの行動制限期間が長く、近場への日帰り旅行が主流だった
記者が言っているのは、前述のビリヤードのコンビネーションの話で言えば、1と2、3の前半を無視して、あたかも的球の4番が主体となって1番を落とした、のように言うのと同じことだ。
「GoTo」見送り影響 と書く記者のバカさ加減に辟易する。「GoTo」見送り影響 ではなく杜撰な感染症対策の影響だろう。感染症対策キッチリやっていて感染拡大を抑え込めていたら? 変異株などによる感染が完全には防げずにある程度広がっていても、行楽前後などに気軽に検査できて、感染の有無を確認できる環境だったら? そのような方法でリスクを下げられていたら? そのような話を全部すっ飛ばし、または一切説明・解説もせず、「GoToトラベル」が見送られた影響が宿泊客が過去最低となった要因とするのは、自民政府の杜撰な感染症対応から読者の目を逸らしたいから?それとも因果が理解できないバカだからか?
何にせよ、因果関係がよく理解できていない、もしくは理解しているが捻じ曲げるような記者によるひどい記事としか評価できない。勿論記者だけでなく、この記事を掲載した東京新聞の判断もおかしい。
今朝日経が、次の冬の寒さが厳しければ一般家庭で約110万世帯分の電気が全国で不足する見通しだとする記事を掲載し、これについて、原発があるのだから動かせば解決する!という、再稼働推進する人たちのSNS投稿が活発化しているようである。
冬の電気不足110万世帯分の恐れ、原因は?: 日本経済新聞
原発があるのだから動かせば電力不足は解決する!という話も非常に短絡的だ。日本の原発の大半が現在停止しているのは、2011年の東日本大震災に伴い福島原発事故が発生したからだし、事故から10年以上が経過した今も、事故処理は遅々として進まず、また今も立入が制限されている地域が残っていることや、事故の影響で停止した原発の複数において杜撰な運営/管理が度々発覚していることがその理由だ。そんな中でなし崩し的に原発を再稼働させようだなんて、まさに喉元過ぎれば熱さを忘れるだし、また、自分は原発の近くに住んでないから事故が起きようが関係ないと思っているような人でなし、そんな風にしか形容しようがない。
原発があるのだから動かせば電力不足は解決する!と主張する人たちには、電力不足が発生したらそれは反原発・原発再稼働反対派のせいだ!のようなことを主張する人も多い。しかしそれもまた都合のよい部分だけを切り取った話でしかない。
原発が安全なら誰も再稼働には反対しないだろう。しかし日本で深刻な原発事故が発生したのだからこれまでの運用/管理では安全とは言えないし、そしてその見直しの中で複数の杜撰な運用/管理が頻繁に明らかになるのだから、原発が再稼働できないのは電力会社とそれを監督する立場の政府のせいでしかない。また電力不足の懸念が高まっているのも、何の見通しもないままに原発の再稼働を推進し、他の電力確保方法を検討・推進してこなかった政府のせいでしかなく、反原発・原発再稼働反対派のせいだ、というのはあまりにも恣意的で短絡的だ。責任転嫁以外の何ものでもない。
何事にも必ず因果というものがある。そして因果を正確に捉えられなければ改善はありえないし、同じ失敗を何度も繰り返すことになる。
世界的に新型ウイルスの感染拡大は最早防ぎようがないという空気になりつつあるが、ではそれにどうやって対応していくのか、を考えず、ただただ漫然と以前の状況に戻せば、誰がいつ感染して重症化するか分からない、誰に後遺症が残るか分からない、命を落とすか分からない、というババ抜きをやることになる。誰かが自業自得で感染したり後遺症が残ったり命を落としたりするだけでなく、感染を家庭や職場に持ち込み、それで家族や周りの人を危険に晒すこともある。性病を誰かに移せばその責任を問われることもあり、不特定多数と関係を持つなら定期的な検査が重要なのと同じで、新型ウイルスだって誰もが定期的に気軽に検査できる環境が重要だろう。
原発の問題や電力不足についても、短絡的に原発再稼働しろ!とか、電力不足になったら反原発のせいだ!なんてのはまさにバカでないと言えないような話でしかない。過去の事故・現在も露呈し続ける杜撰な原発運営/管理を無視した再稼働論なんてのは、愚の骨頂としか言いようがない。
トップ画像は、ビリヤード ゲーム 遊ぶ - Pixabayの無料写真 を使用した。