気象庁は、関東は6/29に梅雨明けしたと見られると発表した(ハフポストの記事)が、7月以前の梅雨明けは観測史上初なのだそうだ。ただ、その発表前、6月中旬頃から雨の日は少なく、実際にはその頃から既に暑い日が続いている。特に西日本を中心に甚大な豪雨被害がでた2週間前頃からは、連日35度前後の最高気温が続き、場所によっては40度前後にもなる場合があるようだ。西日本豪雨の後はその被害を受けた人の報道が相次いだが、それがひと段落したら今度は、幼児・高齢者を中心とした熱射病による救急搬送者・場合によっては死亡者まで出るというニュースが連日報道されている。
そんな中でしばしば問題視されるのは、学校・教員がこの猛暑の中、杓子定規な対応や甘い認識で、生徒らが救急搬送されたり死亡したりするという話だ。勿論、大半の学校ではそんな深刻な状況は起きていないのだろうが、影響が出ているのが少数だから問題ないなんて絶対に言えないし、運がよかっただけの”未遂”みたいな件はその何倍もあるのではないだろうか。
この手の話の中で、学校のクーラー設置・仕様云々ということも話題になるが、そんなレベル以前の、例えば
- 登下校中に水筒の中身を飲んではいけない
- 水筒の中身はスポーツドリンク不可
- プール授業の見学を炎天下でさせる
- サウナのような体育館で朝礼や終業式などの集会を行う
のような、ある意味拷問とも思える規則を、規律を重視するという大義名分の下で、猛暑の中でも頑なに変えずに指導し続ける学校がある・教員がいるという声が、先週あたりからSNSなどを中心に盛り上がっている。
SNSでの指摘なので、実際にそのような学校・教員が存在しているのかは定かでないが、先日熱中症で死亡者を出した小学校の校長が、高温注意情報が出されていると把握していたにもかかわらず、「これまで校外学習で大きな問題は起きておらず、中止する判断はできなかった」と述べていたこと(朝日新聞の記事)を考えると、一部のクレーマー的な保護者が誇大に声を上げているとは思えない。要するに、そのような時代錯誤な学校・教員が未だに存在しているということなのだろう。
前述の校外学習の死亡事故のケースは、個人的には不慮の事故の範疇に入るような気もするが、死亡した児童が実際にどの程度不調を訴えていたのかは定かでないし、場合によっては児童の訴えが軽視されて起きた事故だったかもしれないとも思う。流石にこの件が大々的に報じられてからは、各現場で相応の対応がとられているということが伝えられ始めたが、前述したような、ハッキリ言って時代錯誤の馬鹿げたルールを掲げている学校が全て無くなったというわけでもなさそうだ。
数年前から、理不尽に我慢を強いる指導を行う、所謂ブラック部活が問題視され始め、しばしば話題に上る。と言っても、例えば野球部で丸刈りを強要したり、練習中の水分補給をさせないなどの指導に対する懸念は、遅くとも1990年代には既に示されていたので、昨今急に盛り上がった話でもない。ただ、以前にも増して強い懸念が示されているのは事実だ。
そんな状況にもかかわらず、未だに「登下校中に水筒の中身を飲んではいけない」とか、「水筒の中身はスポーツドリンク不可」という規則が存在しているということは、教育関係者の中には、1から10まで指摘されなければ、そのような規則はブラック部活と同じだということを認識できないような程度の人が、相応にいるということなのだろう。そんな人たちの元で毎日を過ごす子どもが不憫でならない。
結局このような話も、7/14の投稿で書いた、本来の趣旨を離れ、形骸化した規制だけが一人歩きし始めるということなのだと思う。規律を高める・尊重する為の規則はある程度必要だし、平時であれば、例えばスポーツドリンク禁止という規則などでも、絶対的に正しいとは言えなくとも、流石にどう考えても不適切とまでは言えないかもしれない。しかし猛暑で明らかに水分補給が必要で、しかもスポーツドリンクが水やお茶よりも水分補給に適していることは間違いないのに、 杓子定規にその規則を守らせようとするのは愚かな行為としか言いようがない。
日本人がよく言う「規則は規則」という馬鹿げた感覚をどうにかしないといけない。7/14の投稿でも書いたが、日本人はもう少し協調性や規律に背を向けてもいいのかもしれないと自分は思う。そうすれば馬鹿正直にルールを妄信するような風潮が緩和され、少しは臨機応変な対応ができるようになるかもしれない。